2016年11月29日 (火)

小切手ジャーナリズムとニュースの値段 連載「ジャーナリズムの道徳的ジレンマ」第9回

「小切手ジャーナリズム」という言葉があります。一般に、お金を支払って得た情報を報道ることを意味します。金に物を言わせてネタを買うこと、ジャーナリズムの世界では「恥ずべき行為」とされています。理由は簡単。ジャーナリストは「知る権利」を体現する役目を担っていて、情報の加工流通業者ではないからです。

でも、それは規範論であって、競争状態にあるジャーナリストたちにとって、できればネタ元を独り占めしたいもの。特ダネのためなら大金を支払うケースも起こりうる、というのが実態です。ネタ元が要求する場合だってあります。じっさい「有料記者会見」は幾度も行われてきました。

「知る権利」を振り回すわりに毒にも薬にもならないニュースを報道する記者よりも、わたしたちに必要なのは、小切手ジャーナリズムでもなんでもいいから、有益な報道ができる記者のほうかもしれません。ただ、小切手ジャーナリズムが公然とおこなわれるようになると、ニュースの公共的な減じるかも知れません。

新着記事〈CASE 09〉小切手ジャーナリズムとニュースの値段 http://keisobiblio.com/2016/11/22/hatanaka09/

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年10月31日 (月)

原発事故、メディア経営者の覚悟と責任 連載「ジャーナリズムの道徳的ジレンマ」第8回

東京電力福島第一原子力発電所が爆発事故を起こした際、大手マスメディアは待避指示を出し、原発から半径数十キロ内の地域を取材する記者がいなくなり、“情報空白地帯”が生まれした。原発から20~30キロ圏内の住民が、われ先に逃げていったマスメディアに不信感を抱いたのはいうまでもありません。

在京メディアは東京に逃げ帰る場所がありますが、災害が発生した地域のメディアに逃げ場はありません。たとえば放射能事故が起こったとき、その近くに位置するメディアの指揮官は、どのような決断を下せるでしょうか。記者の立場から離れて考えてみませんか。

〈CASE 08〉原発事故、メディア経営者の覚悟と責任 http://keisobiblio.com/2016/10/25/hatanaka08/

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年8月30日 (火)

報道の定義、説明してくれませんか? 連載「ジャーナリズムの道徳的ジレンマ」第7回

橋下徹氏は大阪市長時代、みずからが率いていた政党の映像取材班を会見場に参加させました。政党メディアが「報道機関」が主催する記者会見に、「報道」の主体として参加した例は、日本のジャーナリズム史上異例の事態だったのではないでしょうか(悪しき前例を作りました)。

記者クラブ側は当初、維新のカメラが取材する側に陣取ることを「報道目的ではない」と断りました。しかし「報道の定義」をめぐる橋下氏の問いに対抗できず、結局、維新のカメラが入りました。結果、報道記者が橋下氏から叱責・面罵される光景まで含めてYouTubeなどで閲覧されるようになりました。本当にこれでよかったのでしょうか。

〈CASE 07〉報道の定義、説明してくれませんか? http://keisobiblio.com/2016/08/30/hatanaka07/

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年8月 9日 (火)

組織ジャーナリストに「表現の自由」はあるか 連載「ジャーナリズムの道徳的ジレンマ」第6回

「おーい、共同さん、共同さん!」――いまだに共同通信記者として仕事をしていたころの夢を見ることがあります。夢の中では「畑仲さん」ではなく「共同さん」と呼びかけられたり、「おい、共同!」と怒鳴られたりもします。そんなとき、わたしは共同通信社という組織の一部(寄生虫?)として認識されていたことを思い知るわけです。

そういえば、大学を卒業して毎日新聞社に就職したときも、教育係の先輩記者からこんなふうに諭されました。大学出たての若造でも、毎日新聞社の名刺があれば誰でも会えるんだ。だけど、取材相手からすればお前みたいなチンピラなんてどーでもよくて、日本でもっとも輝かしい歴史と伝統をもつ言論機関と向き合ってもらっていると思え、と。

〈CASE 06〉組織ジャーナリストに「言論の自由」はあるか http://keisobiblio.com/2016/08/09/hatanaka06/

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年7月12日 (火)

戦場ジャーナリスト、君死にたまふことなかれ 連載「ジャーナリズムの道徳的ジレンマ」第5回

大手マスメディアが撤退した紛争地域を取材するジャーナリストたちがいます。彼ら彼女らの存在を、わたしたちはどのように受け止めればいいのでしょう。自衛隊がサマワに派遣されて以降、日本人は第三者ではなく当事者になったといえます。IS(イスラム国)は日本のジャーナリストを標的としていて、ジャーナリストの仕事は困難を極めています。

〈CASE 05〉 戦場ジャーナリスト、君死にたまふことなかれ http://keisobiblio.com/2016/07/12/hatanaka05/

わたし自身、新聞記者になりたてのころ、旅行先の東南アジアでたまたまクーデター未遂事件に遭遇したことがあります。戦車も戦闘機も出動しました。銃撃戦がおこなわわれた現場を、20代前半のわたしはカメラ片手に半泣きで取材しました。戦場では弾がどこから飛んでくるかわかりません。銃声が鳴り止むまで伏せる。鳴り止むと、撃たれてないことを確認し、より安全な逃げ場に移動するか、その場で踏みとどまり写真を撮るかを判断します。このとき、弾に当たって死亡したカメラマンもいましたが、わたしはかすりきず程度ですみました。運が良かっただけです。

» 続きを読む

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2016年6月20日 (月)

ジャーナリストと社会運動の距離感 連載「ジャーナリズムの道徳的ジレンマ」第4回

ジャーナリズムとは、ジャーナルとイズムの合成語です。共同性と公開性が支える公共性…… ジャーナリズムとは、わたしたちの暮らし関する重要な情報をみなで分かち合おうとする思想と実践だろうと思います。それが前提としているのは、表現の自由やデモクラシーに価値を置く社会の存在です。

しかし、わたしたちの社会が大切なものを手放しそうになっているのを、たまたまジャーナリストの側が気づいたとき、「ねぇ、みんな聞いてくれ」と呼びかけることはある。でも、それだけでなく「みんなで集まれ、一緒にやろう!」とアクションを起こすことはどこまで許されるのか。

今回のジレンマは、社会科学に関わっている研究者たちにも、公務員にも決して無縁の議論ではないと思います。

〈CASE 04〉ジャーナリストと社会運動の距離感 http://keisobiblio.com/2016/06/14/hatanaka04/

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年5月24日 (火)

その「オフレコ」は守るべきか、破るべきか 連載「ジャーナリズムの道徳的ジレンマ」第3回

取材の原則はオンレコです。ただオフレコでなければ入手できない情報もあります。記者...

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年5月10日 (火)

人質解放のため報道腕章を警察に貸すべきか 連載「ジャーナリズムの道徳的ジレンマ」第2回

勁草書房編集部サイトで「ジャーナリズムの道徳的ジレンマ」の新しい記事がアップロー...

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年4月12日 (火)

新連載 ジャーナリズムの道徳的ジレンマ

「ジャーナリズムの道徳的ジレンマ」と題する連載をけいそうビブリオフィル(勁草書房編集部ウェブサイト)で始めました。「道徳的ジレンマ」といえば、マイケル・サンデル教授によるハーバード白熱教室の「暴走する路面電車」などを思い出しますね。ジャーナリズムの住人も、抜き差しならない場面で苦渋の選択を迫られることがあります。そんなとき判断基準になるのは、業界団体や所属企業、あるいは職能団体が作ったルールや経験則です。しかし……

畑仲哲雄 「ジャーナリズムの道徳的ジレンマ」 けいそうビブリオフィル勁草書房編集部ウェブサイト

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年1月 3日 (日)

ブログ再考

ながらくブログを更新していませんでした。忙しかったからというのと、研究モドキもし...

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年8月19日 (水)

戦後70年に読む手塚作品

 8・6(ヒロシマ)、8・9(ナガサキ)、安倍談話、閣僚の靖国参拝、そして終戦の日。8月16日以降は、戦後70年企画の特別番組もなくなりました。こんなのでいいのかな。それはさておき、疎遠になっていた手塚治虫の作品をこの夏にいくつか読みました。印象深かったのは『奇子』と『アドルフに告ぐ』です。Wikipediaによると『奇子』は1972~1973年に『ビッグコミック』に連載され、NDL-OPACでみると1976に大都社から単行本が出ていました。『アドルフに次ぐ』は1983~1985年に『週刊文春』に連載されています。ともに戦争の狂気が史実をまじえて描かれ、戦後70年の節目の年に読むには良い内容だと思いました。

手塚治虫『奇子 1』 Kindle版、手塚プロダクション、2014
手塚治虫『奇子 2』 Kindle版、手塚プロダクション、2014
手塚治虫『奇子 3』 Kindle版、手塚プロダクション、2014
手塚治虫『アドルフに告ぐ 1』 Kindle版、手塚プロダクション、2014
手塚治虫『アドルフに告ぐ 2』 Kindle版、手塚プロダクション、2014
手塚治虫『アドルフに告ぐ 3』 Kindle版、手塚プロダクション、2014
手塚治虫『アドルフに告ぐ 4』 Kindle版、手塚プロダクション、2014
手塚治虫『アドルフに告ぐ 5』 Kindle版、手塚プロダクション、2014

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月10日 (水)

「愛の手」運動の岩崎さんを表敬訪問

 家庭養護促進協会大阪事務所と毎日新聞大阪本社が、児童相談所などと連携して里親を探すキャンペーンを50年以上にわたって継続しているのをご存じでしょうか。「あなたの愛の手を」と題した記事は、マスメディアのキャンペーン報道としては異例の長期企画です。これまで乳児院や児童養護施設を訪れて取材をした「愛の手記者」も相当な数にのぼります。かくいうわたしも過去に担当したことがあり、取材を通じて親とはなにか、親子とはなにかという問題について教えられました。関西に引っ越して2年もたつのに、事務所訪問がはたせずにいたのですが、ようやく今日、愛の手運動のアイコンともいえる岩崎美枝子さんと25年ぶりの再開をはたしました。

家庭養護促進協会大阪事務所
旧HP http://ss7.inet-osaka.or.jp/~fureai/
現HP http://homepage2.nifty.com/fureai-osaka/
子どもの養子縁組ガイドブック――特別養子縁組・普通養子縁組の法律と手続き
親子になろう! (あたらしいふれあい)


» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月 8日 (月)

HAL、鴨川で水遊び

20150607_134000 うちのワンコ(名前はHAL9000)は、水を怖がり、シャンプーも大嫌いですが、先日、炎天下の鴨川河川敷を散歩しているとき、なぜか川面にたわむれるという行動をみせてくれました。9歳にしてはじめての水遊び。水遊びといっても、浅瀬をすこし歩いただけですが。

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月 2日 (火)

取材者と取材対象との関係

 奥田祥子『男性漂流:男たちは何におびえているか』(講談社+α新書,2015)読了後、前作『男はつらいらしい』(新潮新書,2007)を読みはじめています。著者は元読売新聞ウイークリー記者で、最後の職場『読売ウィークリー』編集部がお取りつぶしに遭ったことなどから、独立した人われたようです。ながらく「客観報道」の枠組みに縛られてきたけれど、「結婚できない男」たちを取材するうえで、取材者と取材対象との関係を変えざるをえなかったことが吐露されています。

奥田祥子(2015) 『男性漂流:男たちは何におびえているか』 講談社+α新書.
奥田祥子(2007) 『男はつらいらしい』新潮新書.

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年5月27日 (水)

『地域ジャーナリズム』が内川賞受賞

Communitarian_journalism 『地域ジャーナリズム:コミュニティとメディアを結びなおす』(勁草書房)が、2015年度の第5回内川芳美記念マス・コミュニケーション学会賞に選ばれました。お知らせをいただいたときは、まるで豆鉄砲を食った鳩のような状態でしたが、時間が経つにつれ感謝の気持ちがわきあがってきました。本書を評価してくださった選考委員の先生方に感謝を申し上げます。

畑仲哲雄(2014)『地域ジャーナリズム:コミュニティとメディアを結びなおす』勁草書房.

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年5月23日 (土)

3・21シンポでの講演メモ(掲載遅すぎ)

2015年3月21日に、キャンパスプラザ京都で開催されたシンポジウム「コミュニティメディア-その公共性とジャーナリズムを考える」龍谷大学政策学部・松浦さと子研究室主宰)で登壇した際の講演メモを掲載するのを長らく忘れていました。遅きに失しましたが、わたしと同じ問題意識をもつ学生や研究者が、きっとたくさんいるはずだ信じて、公開することにしました。とくに、地域ジャーナリムの定義については、本で書いた内容よりコンパクトにまとまっていると思います。できれば本を読んでほしいのですが。。。

畑仲哲雄(2014)『地域ジャーナリズム:コミュニティとメディアを結びなおす』勁草書房.

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年5月18日 (月)

結党目的を失った大阪維新は解党すべきか

 大阪維新の会は「都構想実現」のために作られた党です。結党の目的が有権者から拒否されたいま、解党するのが筋かもしれません。橋下氏の去就にだけ注目が集まったのは、彼がタレントだったことから仕方ありません。しかし、橋下氏とともに結集し、ともに苦楽をともにしてきた松井一郎知事や維新の府市議も、都構想実現というミッションを失いったのは同じはず。平たくいえば、やることがなくなったわけです。このままでは「あなたたちの高給こそ税の無駄遣い」「なにわの不良債権」などと皮肉られるかもしれません。

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年5月17日 (日)

形式的な「両論併記」の罠

 大学教員が授業で自分の(政治的な)意見を表明することは良くないことでしょうか。一般紙がよくやる「両論併記」のように形式的「中立」の見解を述べるにとどめるべきなのでしょうか。わたしは決してそんなふうに思いません。なぜなら、形ばかりの「中立」という立場が、ひとつのイデオロギーを体現する場合があるからです。中立を装いながら、場合によっては体制維持に有利に働いたり、あるいは一種の暴論をまともな意見として認める危険性があるからです。

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年4月26日 (日)

断食系ダイエット

 若い頃はガリガリだったのに、中年にさしかかって太る理由は、歳とともに代謝率が低下するからだそうです。同じ量のご飯を食べても、若いときは体内で燃焼してくれますが、老いるにしたがって身体に十分に燃焼されずに脂肪として蓄積されます。老年期にさしかかかると、さすがに胃袋も縮むと思いますが、中年期は実に悩ましい。「働き盛りだし、スタミナつけなくちゃ」と、ついつい食べてしまうからです。わたしの場合、お腹がぽっこり出て、餓鬼のようになっていました。ただし、それも1ヶ月前までの話です。

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

週刊読書人に『地域ジャーナリズム』の書評

Dokushojin 辛口で知られる書評新聞『週刊読書人』 2015年4月24日号第4面に『地域ジャーナリズム:コミュニティとメディアを結びなおす』(勁草書房)の書評が載りました。評者は赤尾光史先生。「新潟県上越市の小規模新聞と地元NPOとの『協働紙面』に注目し、両者の『協働』に至る経緯と実態を記録しながらその意義を探り、さらにジャーナリズムの新たな筋道を理論的に考察した研究書である」と概括していただきました。ありがとうございます。

赤尾光史「新たな筋道を理論的に考察:従来のジャーナリズム規範の批判的考察」『週刊読書人』2015年4月24日号

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年4月19日 (日)

琉球新報に『地域ジャーナリズム』の書評

 沖縄県の『琉球新報』 2015年4月19日付の紙面で、『地域ジャーナリズム:コミュニティとメディアを結びなおす』(勁草書房)の書評を載せていただきました。評者は、琉球大学法文学部准教授でメディアやジャーナリズムの研究をされている比嘉要先生です。たいへん光栄に思います。とても丁寧に読んでくださり、「概要と事例をまず把握したい読者は第6章から読み始めるとよい」と、道案内もしてくださいました。ありがとうございます。

書評 比嘉要「『地域ジャーナリズム』 社会との関わり多角的に」『琉球新報』2015年4月19日
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-241979-storytopic-6.html

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年4月13日 (月)

秋山さん、県議に当選

 くびき野NPOサポートセンター前理事長の秋山三枝子さんが、4月12日の統一地方選挙で、新潟県議会議員に当選しました。秋山さんは、地元の地域紙「上越タイムス」協働紙面(NPO PRESS)スタート時の編集長。わたしが博士論文を書くにあたり、通算百時間を超えるインタビューに応じていただき、東京大学の研究会(林香里研究室主宰・メディア研究のつどい)にも来てくださいました。わたしの近著『地域ジャーナリズム』(勁草書房)にも秋山さんの地域とメディアに関する考え方がたくさん収録されています。秋山さん、当選おめでとうございます。またお目にかかりましょう。

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年4月 8日 (水)

地方議会改革と地域メディア

 片山善博さんが昨日(7日)、京都新聞のオピニオン面「現論」で「地方議会の改革を」を訴えていました。片山さんといえば、鳥取県知事や菅内閣で総務大臣などを務めた地方自治のスペシャリストです。なので、片山さんがこういうコラムで提示する問題の枠組みは、門外漢によい導きの糸になります。ただ、わたしとしては、メディアについての言及もほしかったなと思いました。

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年4月 3日 (金)

新聞のパートナー(5)

 誤解のないよう付け加えておきますが、わたしがいう「新聞」は、新聞社のことではありませんし、日本新聞協会のような組織のことでもない。わたしは新聞と新聞社と新聞記者を切り分けて考えています。「新聞」なるものは、いわば、ニュースや言論が投じられ、議論される公共的な空間です。新聞社はそんな議論のネタを印刷した紙を作っている営利企業にすぎません。そして新聞記者とは、その両者を取り持つ存在といったところでしょう。こうした考え方は、2007年に東大に提出した修士論文のエッセンスを抽出した『新聞再生:コミュニティからの挑戦』(平凡社)で詳述しておきました。

東京大学大学院 情報学環・学際情報学府 http://www.iii.u-tokyo.ac.jp/
畑仲哲雄(2008)『新聞再生:コミュニティからの挑戦』平凡社

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

拝啓、論説委員様

 きょうの『京都新聞』(2015年4月3日朝刊)に掲載された社説「京滋統一選告示 わがまちの未来を考えよう」を拝読して考えさせられたことがいくつかありましたので、意見表明いたします。投書しようかと考えましたが、なるべくならパブリックな空間で議論をしたいと思いました。

京都新聞社説 http://www.kyoto-np.co.jp/info/syasetsu/

 社説のテーマは統一地方選です。京都も滋賀も前回選挙時に2人に1人しか投票していないというデータには、1人の有権者として驚かされ、危機感も抱きました。このように、地元新聞が読者にむけて投票を呼びかけることは必要不可欠ですし、意義深いことです。

» 続きを読む

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2015年4月 2日 (木)

新聞のパートナー(4)

Newspaper_circulation 足立の行動は、たとえば「客観的な観察者」「公平無私な報告者」などという大手新聞社の規範から逸脱します。もし足立が大手紙の倫理に縛られていたら、地元の医療が崩壊する過程を正確に記録し、詳しく分析することに徹するでしょう。しかし足立は、止むに止まれぬ思いから地元の母親たちを焚きつけ、いまも母親グループの実質的なブレーンとして活動しているし、地元の医療関係者は足立を「救世主」と評価しています。それを映すように足立は全国各地の医療関係者を対象にした講演に引っ張りだこです。

"Statement of Principles". American Society of News Editors (ASNE)
SPJ Code of Ethics | Society of Professional Journalists
Ethics Codes | Pew Research Center
Ethical Journalism Guidebook - The New York Times
Jeffrey Bezos, Washington Post’s next owner, aims for a new ‘golden era’ at the newspaper

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年4月 1日 (水)

新聞のパートナー(3)

Newspaper_circulation NPOと協働するという「上越モデル」は、すでに和歌山に飛び火しています。和歌山新報社の一部紙面は、わかやまNPOセンターが定期的に制作しています。「わかつく」と題した紙面はネットでも全面公開されていて、事務局長の志場久起さんはfacebookなどで広報しています。上越モデルは、地域紙はもちろん、他の活字メディアでも実現可能です。「記者を一人前に育てるのに膨大な時間と労力が必要」というような固定観念を捨てて取り組んでみてはいかがでしょう。

わかやま新報 http://www.wakayamashimpo.co.jp/
わかやまを創る新聞「わかつく」 http://www.wnc.jp/wakatsuku/
足立智和「時すでに遅し、か」2007年07月19日、丹波新聞
「「小児科守る会」冊子手作りし配布へ」2008年02月08日、丹波新聞
「第1回地域再生大賞」の表彰について :47NEWS
新潟県十日町地域振興局健康福祉部「妻有地域かわらばん」平成24年10月24日

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年3月31日 (火)

新聞のパートナー(2)

Newspaper_circulation 日本新聞協会加盟の新聞社は、政界や財界の権力者の力を借りることなく「独力」で経営改善を模索しています。なかには全国紙=地方紙、全国紙=地域紙という系列関係にある企業もあり、ナントカ会という新聞社のグループもあります。そういうのを考慮すれば、完全な独力とはいえませんが、プロパブリカのように財団から金を得ているわけではありません。朝日と産経のように社論は対立しても共通する利害も多く、いわば護送船団方式を形成しているといえます。つまり「業界の風雲児」がけっして現れない構造ができあがっているわけです。

プロパブリカ http://www.propublica.org/
上越タイムス http://www.j-times.jp/
くびき野NPOサポートセンター http://www.kubikino-npo.jp/
畑仲哲雄(2014)『地域ジャーナリズム:コミュニティとメディアを結びなおす』勁草書房.
畑仲哲雄(2010)「『編集権』からNPO『協働』へ : あるローカル新聞の市民参加実践」『情報学研究 : 学環 : 東京大学大学院情報学環紀要』 http://ci.nii.ac.jp/naid/110007767390

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年3月30日 (月)

新聞のパートナー(1)

Newspaper_circulation 4月からの授業に向けて「新聞の発行部数と世帯数の推移」のデータを更新していたら、すこし心細くなってきました。せっかくなので、新聞関係者と意見交換したいと思い、折れ線グラフを示してみます。データの出所は大手新聞社などで構成する日本新聞協会です。表計算ソフトを使って作りました。左側の縦目盛りは総発行部数と世帯数を万の単位で示し、右側は1世帯あたりの部数を表しています。

日本新聞協会 http://www.pressnet.or.jp/
日本経済新聞社 http://www.nikkei.com/
47NEWS(よんななニュース) http://www.47news.jp/

» 続きを読む

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2015年3月22日 (日)

ジャーナリズムとアドボカシー

20150321キャンパスプラザ京都で3月21日、龍谷大学松浦さと子研究室主催のシンポジウム「コミュニティメディア-その公共性とジャーナリズム」が開催され、私も登壇してきました。もともと札幌大谷大学の北郷裕美さんがメインスピーカーだったのですが、体調を崩されたため急きょ、わたしにキーノートスピーチをすることになりました。その概要を簡単に書いておきます。

演題は本と同じく「地域ジャーナリズム: コミュニティとメディアを結びなおす」でした。

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年2月28日 (土)

L.ニモイさん、やすらかに #LLAP

 スポック(すぽっく=元バルカン大使、カーク船長時代のエンタープライズ副長)2230年生まれ。元バルカン外交官サレクと地球人科学者アマンダ・グレイソンの長男。告別式はサンフランシスコの惑星連邦本部ビルで、日時は未定。喪主は元通信士官で妻のウフーラ。銀河葬の委員長はジーン・ロッデンベリー。

http://startrek.com/article/remembering-leonard-nimoy-1931-2015
【新聞記事スタイルの訃報・・・ほとんど泣きながら書きました。間違いがあったら修正してください】

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年12月22日 (月)

『地域ジャーナリズム』 よろしくお願いします

Communitarian_journalism
『地域ジャーナリズム:コミュニティとメディアを結びなおす』(勁草書房)が2014年12月22日に配本されました。調査でお世話になりました上越の皆様や論文審査でお世話になった先生方にあらためて御礼申し上げます。クリスマスにはには大都市圏の大型書店の人文社会コーナーに入るかもしれません。東京・日比谷の日本プレスセンター1階にあるジュンク堂なら品切れになることはないと信じます。ジャンルとしては研究書ですが、極私的ノンフィクションの要素も取り入れました。地域コミュニティにしっかり根を下ろしているメディア関係者には言うまでもなく、主流メディアのジャーナリストや経営者にも参考になることを願っています。

畑仲哲雄(2014)『地域ジャーナリズム:コミュニティとメディアを結びなおす』勁草書房.

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年11月28日 (金)

インターステラーと仮名手本忠臣蔵の共通点

 『バットマン・ダークナイト』のクリストファー・ノーラン監督最新作『インターステラー』を観てきました。ワームホールを利用した恒星間飛行は「スタートレック」で幾度となく“疑似体験”しているのでビビったりしませんでしたが、親子の人情話はズシンと心に響きました。

『仮名手本忠臣蔵 (橋本治・岡田嘉夫の歌舞伎絵巻 (1))』( ポプラ社、2003)
ロバート・ゼメキス監督『コンタクト』(1997)
カール・セーガン『コンタクト』〈上・下〉(新潮文庫、1989)
リチャード・ドナー監督『タイムライン』(2003)
マイケル・クライトン『タイムライン』〈上・下〉 (ハヤカワ文庫NV、2003)
『インターステラー』公式サイト http://wwws.warnerbros.co.jp/interstellar/
キップ・ソーン博士公式サイト http://www.its.caltech.edu/~kip/

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年11月13日 (木)

インタビューの上手と下手

 知りあいの業界人から意外な言葉を聞きました。「小田島隆って、インタビューが下手」。ラジオ番組のトークを聞く限り、小田島さんは話し巧者です。わたしもファンの一人で、TBSラジオ「たまむすび」の月曜日は聴いています。でも数年前、小田島さんが司会をしているCS番組で法律関係者のゲストと対談しているのを見たとき、たしかにギクシャクしていたことを、わたしも記憶しています。活字で読む小田島節は軽妙でリズム感があり内容も鋭いのに、あのギクシャク感との落差は何でしょう。

» 続きを読む

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2014年9月26日 (金)

いまさらふり返る就活

龍谷大学の教員になって1年半が過ぎようとしています。この間いろんなことがありました。仕事内容も激変しましたし、東京から京都に引っ越して間もなく大阪の父親が急死したときは楽ではありませんでした。しかし、この1年半より前から、しんどい経験もしてきました。ひとつは学位の取得であり、もうひとつは就活です。このうち就活について自分の経験を書いておきます。というのも、大学教授になるマニュアル本がいくつも出ていて、こうした風潮になんだか疑問を感じたからです。

実践応用編 サラリーマンのための 大学教授の資格
あなたも大学教授になれる 「知的自由人」のすすめ
新 大学教授になる方法
サラリーマンから大学教授になる!方法 (宝島社新書)
実践版 働きながら大学教授になる方法
1勝100敗! あるキャリア官僚の転職記~大学教授公募の裏側~ (光文社新書)

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年8月 7日 (木)

就職予備校にすらなり得ていない

「授業でくだらない雑談をする時間があったら、たとえばSPIで出題されるようなネタを教えてやれよ」――ずいぶん前のこと。ある教員に向かってそんなセリフを吐いたことがあります。当然、わたしの発言は完全否定されました。ケンカを売ったようなものなので仕方がありません。ただ、そのときの問題意識は消えずにくすぶっていて、各授業のコース内容を考えるときに思い出してしまいます。

本田由紀(2009)『教育の職業的意義――若者、学校、社会をつなぐ』ちくま新書.
難波功士(2014)『大二病――「評価」から逃げる若者たち』双葉新書.

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年7月31日 (木)

おやじの百カ日法要

2014年度の前期授業も今週月曜のゼミで終わり。どうにか期末にたどり着きました(まだ期末試験の採点と修士院生の口述試験が残っていて、解放された気持ちになれませんが)。今夏こそゆっくりしたいと思っていましたが、気持ちが落ち着かないのは、父親の百カ日法要や遺品整理、納骨、仏壇・過去帳問題など気の重い課題が山積しているからです。

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年6月20日 (金)

メディア企業ネット担当者の世代論

 昨夜、懇意にしている地方紙のジャーナリストたちと時間を忘れて深夜まで懇談しました。興味深かったのは、社会のデジタル化やグローバル化という大きな潮流に対応してきたマスメディア(新聞社)の担当者が、大きく分けて3つの世代に分類できるのではないかという議論です。

 第1世代は、ニュースをオープンにしていくことに積極的でした。インターネット元年(Windows95発売年)のサイバースペースは、まるでカルチェラタン(解放区)のような自由な空気が横溢し、メディアのデジタル部門担当者はその可能性を少しでも広げようとしました。

» 続きを読む

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2014年4月17日 (木)

新しい年度、新しい生活

 ようやく京都に落ち着きつつあります。龍大の入学式がおこなわれた4月2日の早朝、...

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年3月31日 (月)

東京の思い出スポット(カレー編)

 いよいよ東京を離れます。「これが人生で最後の転居かな」思って東京・本郷にやってきたのが8年前。当時は共同通信社でデジタル系の編集業務を通して全国の新聞社のみなさんと新聞の未来を考えつつ、社会人大学院生をしていました。いまふり返れば、本郷で暮らした8年間は濃密で、よい出会いに恵まれました。目を閉じれば感謝の気持ちが自ずとわきあがってきます。ありがとうございました。・・・・というわけで、わたしが慣れ親しんできた思いでスポットのうちカレーの店を列挙していきます。

» 続きを読む

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014年3月23日 (日)

北関東連続幼女誘拐殺人事件という仮説

 清水潔『殺人犯はそこにいる――隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件』(新潮社、2013年)を読みました。昨年12月に出版されて以来、多方面から注目をあつめ続ける話題作です。いくつかの書評で清水さんの存在を知り、気になっていたのですが、ようやく読めました。清水さんの取材過程と問題意識がつづられていて、調査報道の大切さを教えてくれます。

清水潔(2013)『殺人犯はそこにいる――隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件』新潮社

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年3月19日 (水)

「共同体論」という表現はちょっと・・・

 ながらく積ん読状態だった井上達夫『現代の貧困――リベラリズムの日本社会論』(岩波現代文庫)をだらだら読みました。この本は2001年の『現代の貧困』(岩波書店)を文庫化したもので、内容はやや古いのですが、「共同体論」の負の側面について、あらためて考えさせられました。とくに「日本村」と呼ばれる天皇大好き地域の自治実践と民主主義に関する議論の整理にハっとし、うーんとうなってしまいました。

井上達夫(2001)『現代の貧困』(岩波書店)
井上達夫(2011)『現代の貧困――リベラリズムの日本社会論』(岩波現代文庫)

» 続きを読む

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2014年3月18日 (火)

「引用無断」と剽窃疑惑

 理研のSTAP細胞にまつわる報道にからんで、ちょっと書いておきたい。いまだに「無断引用の疑い」などという表現が、マスメディアのニュース記事に使われているのは、どうしたものだろう。たとえば2014/02/28の共同通信ニュースもそうだ。

STAP、別論文の記述と酷似 理研も調査中か
 理化学研究所の研究者が英科学誌に発表した新たな万能細胞「STAP細胞」の論文で、05年に米科学誌に掲載された論文と酷似した記述があり、無断引用の疑いがあることが28日判明した。理研は「記述が似ているとの指摘があることは把握している」と述べ、不自然な画像データとともに調査を進めているもようだ。 (http://www.47news.jp/CN/201402/CN2014022801002051.html 取得2014年3月18日)

» 続きを読む

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2014年1月 5日 (日)

EPIC2014から10年

アメリカの若手メディア研究者M・トンプソンとR・スローンが10年ほど前に作ったEPIC2014という動画がある。一部のマスメディア関係者は、この動画に込められたメッセージに触発されたり、当惑させられたりした。しかし、この動画が警告する技術面決定論的な世界をわたしたちは生きているようには思えない。ディストピアもユートピアも到来しなかったし、テレビや新聞などの旧メディアはIT企業と共存している。この動画が描いてみせた近未来のコミュニケーション(無)秩序は大幅に外れた。しかしこの動画が2014年の私たちにしてくる最大の貢献は、「10年後」のいま、どこか浮き足立っていた当時の社会情勢をふり返る契機を与えてくれたことかもしれない。

Robin Sloan and Matt Thompson, EPIC 2014, http://www.robinsloan.com/epic/
EPIC 2014 日本語字幕版 http://www.youtube.com/watch?v=Afdxq84OYIU
“Google+Amazon=Googlezon”の出現を予言するムービー「EPIC 2014」を読み解く http://i.impressrd.jp/e/2008/04/11/482

» 続きを読む

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2013年11月28日 (木)

大学生の成長について(備忘録)

学生はどのように成長するのだろう。わたしは1・2年生のゼミを受け持たせいただいているが、ゼミサポーターの4年生と比べると圧倒的な差がある。教壇に立つようになって8カ月が過ぎようとしているいま、じぶん自身の経験を踏まえて、自問自答してみたい。

豊島ミホ(2007)『神田川デイズ』角川書店
森見登美彦(2008)『四畳半神話大系』角川文庫
石渡嶺司(2007)『最高学府はバカだらけ―全入時代の大学「崖っぷち」事情』光文社新書
石渡嶺司・大沢仁(2011)『就活のバカヤロー-企業・大学・学生が演じる茶番劇』光文社新書


» 続きを読む

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2013年11月 2日 (土)

内側にいるから見えない?

現場をかけ回っている前線のジャーナリストたちは、取材対象について膨大な情報や知識を有している。「サツ回り」と呼ばれる事件記者は、刑法の知識はいうまでもなく、過去の未解決事件、警察組織の成立や現在の課題などは一通り頭に入っているし、警察官僚の行動原理や思想的傾向を理解し、内部人事などに通じている場合もある。岡目八目とはよくいったもので警察内部にいる職員より、ベテランのサツ記者のほうが警察に詳しい。しかし、そんな記者たちも、じぶんが帰属している集団についてけっして詳しいわけではない。

以下は、大学内部からの評価を気にせずに目を通した/ている本や記事(50音順)
朝日新聞連載「大学変貌」(2013.4.5~)
石渡嶺司・山内太地『アホ大学のバカ学生―グローバル人材と就活迷子のあいだ』(光文社, 2012.1)
川成洋『大学崩壊』(宝島社, 2000.6)
櫻田大造『大学教員採用・人事のカラクリ』(中央公論新社, 2011.11)
櫻田大造『大学入試担当教員のぶっちゃけ話』(中央公論新社, 2013.9)
常見陽平『就活の神さま―自信のなかったボクを「納得内定」に導いた22の教え』(WAVE出版, 2011.10)
毎日新聞教育取材班『大学に「明日」はあるか』(毎日新聞社, 1998.11)
宮台真司『宮台教授の就活原論』(太田出版, 2011.10)

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年10月 6日 (日)

新幹線内のMITTOMONAI

モンスター○○といわれる人を初めて目撃した。先日、京都から東京に戻る新幹線の車内で、背広姿の中年男性が、車掌を延々と叱りつけているのを見せつけられた。モンスターの怒りに火を付けたのは、おそらく私の存在であったと思われるので、車掌さんほどではないにしても、私もたいへん不快な気持ちになった。

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年8月12日 (月)

そんな会社いずれ潰れる

と言われたことがある企業は枚挙にいとまがないだろう。人にそんな気持ちを抱かせるのは不祥事を起こしたり公害をばらまいたりした企業だけではない。就職試験の面接で学生に悪印象を与えた企業も含まれる。三浦しをんはデビュー作『格闘する者に○』で、自身が講談社に応募した際のやりとりらしき場面を記している。

三浦しをん『格闘する者に○』(新潮文庫2005年、草思社2000年)

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月31日 (水)

今さらながら『シューカツ!』

Shukatsu東京の民放キー局やNHK、大手出版社、新聞社は「難関」といわれている。理由の一つは、新卒採用枠のわりに応募者が多いことである。十数人から数十人の募集に何百~何千の学生が押し寄せる。結果的に何百倍という倍率になる。背景に、圧倒的な知名度がある。だれもが企業名を知っている。華やかな世界というイメージも手伝って、記念受験をする学生も少なくない。

石田衣良『シューカツ!』(2008, 文藝春秋、2011, 文春文庫)

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年6月11日 (火)

行儀作法のせんせい

昨夜、鹿児島県の郷土料理店で食事した。薩摩弁の女将が数人の学生アルバイトを雇って切り盛りしている小さな店で、学生バイト店員の対応がとても気持ちよかった。この女将の存在を知ったのは、ことし2月のことである。出張先の金沢で偶然出会った女性が「滋賀の大学で勤務されるのなら、ぜひママの店に行ってください」と熱心に薦められた。そして昨夜ようやくその約束をはたせたのである。

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«法の落とし穴と『コリーニ事件』