2010年2月 6日 (土)

ATOKの未習得技

昨年、ATOK2009を衝動買いしたのに、もうATOK2010が発売された。日本語入力システムは今日ではIME ( Input Method Editor ) と略称されるが、その昔は FEP ( Front End Processor ) と呼ばれていた。わたしは1989年以来、ジャストシステムATOK愛好者で、気の利いたキメ台詞も恥ずかしい誤植もすべてATOKを使って生み出してきた。ただ、MS-IMEへの対抗上、私の知らないあいだにATOKも高機能化が進み、わたしが使っていない機能がてんこ盛りになっている。せっかくなので、言語バーのメニューをいじらなくてもできる技を備忘録として記しておく。ATOK2010はもっとすごくなっているかも。

ATOK 2010 for Windows アカデミック版
ATOK 2010 for Windows [プレミアム] 通常版
ATOK 2009 for Mac 通常版
5分でわかる!かしこいATOKの使い方。|ATOK.com
英語入力機能が強化された「ATOK 2009」を使う - 日経ビジネス Associe
ATOK即効テクニック

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2010年1月31日 (日)

「政局」と小説吉田学校

Yoshida_school_bookYoshida_school_movie「政局」という言葉は、政治現象を表現するための、おそらく日本で独自に発達した概念なのだろう。広辞苑では「政治の局面。その時の政界の有様。政界のなりゆき」という字義通りの説明だが、現代用語の基礎知識には「政治の主導権をめぐる争いが表面化した状態を示す言葉」と一歩進んだ解説が記されている。やくざの世界でいえば「出入り」、RPGでいえば「バトルモード」に相当すると思えばよい。そんな「政局」を人間ドラマとして描いたの映画『小説吉田学校』を、森重久弥を懐かしみながら観た。小説は未読だが、第1部の途中までなら読んでもいいかなと思う。

森谷司郎監督『小説吉田学校』(東宝、1983)
戸川猪佐武 『小説吉田学校〈第1部〉保守本流』 (学陽書房、人物文庫、2000)

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2010年1月27日 (水)

「戦う知事」と地方分権の微妙な関係

これもしばらく前のこと。正月の帰省Uターンで新幹線のグリーン席しか空いていなくて、泣く泣く乗ったとき、ニュース誌『WEDGE』を手に取ったら、「そうだよ、そうだよ」と膝を打つ特集に出会った。特集名は「地方分権って簡単に言うな」。近年、大阪府の橋下知事や宮崎県の東国原知事らマスメディアによく登場する知事たちが地方分権の旗手であるかのように受け止められているが、地方分権のゴールは、都道府県をなくし、もっと小さな規模の自治体に権限を与えることにある。知事たちが都道府県の権限を強めることは、本来あるべき地方分権改革にとってどうなのか。学習院大教授・櫻井敬子先生のエッセーは明解であった。

櫻井敬子 (2010) 「地方分権という美名の陰で」,『ウェッジ』, 22(1) (通号 249) , pp.30~33

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2010年1月25日 (月)

いま振り返る「ポスト戦後」

Postsengosghakaiしばらく前に『ポスト戦後社会』を読んだ。岩波新書の「シリーズ日本近現代史(9)」として出版された吉見先生の著書。このシリーズは『幕末・維新』に始まり、『民権と憲法』『日清・日露戦争』『大正デモクラシー』『満州事変から日中戦争へ』『アジア・太平洋戦争』『占領と改革』『高度成長』という前史の巻があり、吉見先生が最後の「ポスト戦後」を執筆した。これで打ち止めだろう。「ポスト戦後」という時代区分は、1960年代半~70年代前半あたりから、およそ今日までを指す。それは、わたしが物心をついて以降の日本。思想、市場、文化、制度、家族、経済、政治などさまざまな変化が読み解かれている。やはり、近現代史はきちんと勉強しておかないといけないなあとあらためて感じた。

吉見俊哉 (2009) 『ポスト戦後社会:シリーズ日本近現代史 〈9〉』 岩波新書

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2010年1月13日 (水)

「ああ解放の旗高く」は一高寮歌から

Levelers_ching_dongソウル・フラワー・モノノケ・サミット(SFMS)のアルバム『レヴェラーズ・チンドン』に収録されている曲のなかで、みょうに耳についてしまった歌がある。買ってしばらく経つが、きのうライナーノーツを初めて読み、その歌が、東京帝大の前身・旧制第一高等学校の寮歌の替え歌であったことを知った。SFMSが歌っているのは「水平歌~農民歌~革命歌」である。

ソウル・フラワー・モノノケ・サミット『レヴェラーズ・チンドン』(リスペクトレコード、1999)
労働歌・解放歌・革命歌・水平歌・農民歌・壮士演歌 website
嗚呼玉杯に花うけて (MIDIカラオケおやじの唄 website)
水平歌 ああ、千年の昔より 作詞:西光万吉 (みんなちがって みんないい website)

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2010年1月 7日 (木)

秀作 『未来を写した子どもたち』

Bornintobrothelsドキュメンタリー『未来を写した子どもたち』を観ていて、不意に横面をひっぱたかれたような衝撃をなんども感じた。こんなことを書くのは初めてだが、すくなくともジャーナリズムをまじめに考えている人には、本作を観ることを強く奨めたい。いい意味で「ジャーナリスティック」という言葉が似合う作品だと思うからである。こんなにも直球ど真ん中のノンフィクションがマスメディアでさほどの話題にのぼらなかったのは、原題が「売春窟に生まれて」と直訳されることと、R指定であったためかもしれない。だが、子供たちにも見せたい作品である。

ロス・カウフマン; ザナ・ブリスキ監督 『未来を写した子どもたち』 (原題: Born into Brothels, 2004, 米)
未来を写した子どもたち 公式サイト http://www.mirai-kodomo.net/
Kids with Cameras (http://kids-with-cameras.org/)
zana briski's site (http://www.zanabriski.com)/
'From Sonagachi to SoHo' by Rega Jha, Nov. 9th 2009 nyunews.com

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2010年1月 3日 (日)

軽い軽蔑

社会人大学院生になって2010年で7年目を迎える。今では信じられないことだが、6年前の入学当初、わたしは学問自体に大きな期待も抱いていなかったし魅力も感じていなかった。本格的に面白くなってきたのはDに進んでから--D進学というイニシエーションを経て、ようやくジャーナリズムとアカデミズムの関係を冷静に見つめることができるようになったように思う。年があらたまったのを機に、ジャーナリズムとアカデミズムの微妙な関係について、考えを整理しておきたい。

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2009年12月30日 (水)

『夜になるまえに』と「反革命」芸術家

Before_night_fallsOkujyawa同居人が何の気なしに借りたDVDがビンゴだった。コーエン兄弟の『ノーカントリー』で心のない殺人者を演じたハビエル・バルデムが、亡命キューバ人でゲイの小説家レイナルド・アレナスを熱演していた。なるほど役者とはこんなにもすごいものなのかと唸ると同時に、アレナスとヴィソツキーやオクジャワたちとの共通点を考えた。

ジュリアン・シュナーベル監督 『夜になるまえに』 (英題: Before Night Falls, 原題: Antes Que Anochezca, 2001, 米)
ブラート・オクジャワ 『紙の兵隊』 (オーマガトキ, 1998)

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2009年12月28日 (月)

アラン・ムーア 『フロム・ヘル』読了

From_hel_02From_hel_01コミックで初めてヒューゴ賞に輝いたアラン・ムーア『フロム・ヘル』(みすず書房)をようやく読了。エディ・キャンベルの陰鬱な作画とムーアが紡ぎ出す衒学的な世界や登場人物の科白に目まいを覚えた。すでに「切り裂きジャック事件」に関する知識を持つ人ならもっと楽しめただろう。正直いうと、わたしには知識が乏しすぎた。ただ、ひととおり読み終えて、けっこうな量の補遺があることに気付き、それをパラパラ眺めていると、1888年のロンドンで発生したこの事件がいかに異様で、いかに多くの人の関心を引いたかが分かる。エヴァンゲリオンの謎解きどころではない。

アラン・ムーア, エディ・キャンベル『フロム・ヘル(上)』(柳下毅一郎訳, みすず書房, 2009)
アラン・ムーア, エディ・キャンベル『フロム・ヘル(下)』(柳下毅一郎訳, みすず書房, 2009)
アラン・ムーア『フロム・ヘル』日本語版オフィシャルサイト
Jack the Ripper - Wikipedia, the free encyclopedia

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2009年12月25日 (金)

『キャピタリズム』とムーアの「正義」

Simintaihoすべての作品を観たわけではないが、マイケル・ムーア監督の作品を貫いているのは“弱く貧しい人々が割を食う世界はゴメンだ”という一種の正義感覚だと思う。最新作『キャピタリズム マネーは踊る』でムーアは、資本主義を痛罵しつつ、少しカビの生えた感がある社会主義やかカソリックを対抗理念として掲げた。終幕エンドロールで流れたのは「インターナショナル」(とウディ・ガスリーの「ジーザス・クライスト」)。おだやかに晴れた休日の昼下がりにもかかわらず、薄暗い映画館内は満席。この歌をじっと聴く観客の一人になるというのは、なんとも不思議な感覚であったが、その後、仕事をしていて、ふと自分がやっているのはオーウェル『1984年』のウィンストンと大差ないのでは・・・・という恐ろしい錯覚を覚えた。

マイケル・ムーア監督『キャピタリズム マネーは踊る CAPITALISM:A LOVE STORY』公式サイト
Michael Moore, Capitalism: A Love Story Official Web Site

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2009年12月18日 (金)

HALの近影

Photoわが家のHALは寒いのが大の苦手。ガス・ファンヒーターのスイッチを入れると、クレートから出てきて、熱風の前に陣取って動こうとしない。寒がりでズボラというのは飼い主に似たのだろう。散歩に出ても、冷たい風が吹くとすぐにブルブル震えてしまい、「帰りたい」と芽で訴えることも。そういう犬種なのだから仕方がないが、ちょっと情けないぞ。おひさしぶりの秋から冬にかけての写真を掲載します。

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2009年12月13日 (日)

老眼デビュー ( Eye 2.0 )

Rogan_3わたしの歳なら遅いぐらいかもしれないが、ついに老眼鏡をつけることにした。近年の頭痛や首肩の激しいコリの原因のひとつに眼精疲労があることは感じていた(耳の上あたりがやたら凝るのです)。近くの眼鏡屋さんで検眼したら、やはり老眼は進行していて、遠くを見るときは右目、近くは左目だけで見るようなアンバランスな目の使い方が続いていたらしい。同居人からも「早く(老眼鏡を)作りなさい」と勧められていたので、あきらめて作ることにした。

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2009年12月11日 (金)

演説を歌ったジャーナリスト

Hayariuta_50yearsAzenbou_ikiteiruKankara_songs「演歌」という言葉が「演説」の「説」を「歌」に置き換えた造語として用いられていた時代があったことを、今ごろ知った。演歌の演じ手は「演歌師」と呼ばれ、今の言葉でいえば、シンガーソングライターとストリートミュージシャンとフリー・ジャーナリストを合わせたような存在であったようだ。演歌のスタイルも、為政者をからかう政治的アジテーションや、貧しい人々を慰撫する哀歌、どこか笑える春歌・・・などいろろあった。そんな演歌師たちが生き生きと歌ってい時代が明治から大正にかけての日本にあり、添田唖蝉坊という人はひときわ光を放っていた。(興味のある人はYouTubeなどで視聴してみてください)

添田知道 (2008) 『流行り唄五十年 唖蝉坊は歌う 小沢昭一 解説・唄』 朝日新書
岡大介・小林寛明 (2008) 『かんからそんぐ 添田唖蝉坊・知道をうたう』 オフノート/邑楽舎
添田知道, 高田渡ほか (2008) 『唖蝉坊は生きている』 キングアーカイブシリーズ

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2009年12月 6日 (日)

『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』と中学の先輩

Asamaことし観たDVDでのベスト1は、おそらく『実録・連合赤軍あさま山荘への道程』になるだろう。イデオロギー闘争の時代に青春(?)の日々を送った若松監督が個人的な思いから撮った作品だが、現代社会を批判的に読み解くパースペクティブを提供してくれる。この事件で描かれているのは、特殊な時代の特殊な人々による特殊な体験ではなく、じつは普遍的なもののような気がする。まちがっても、風化しかけた昔話ではない。

若松孝二監督 『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』 (若松プロ、2007)

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2009年11月30日 (月)

学者と芸人

先般、ひさしぶりに師匠の授業の代役を務めた。ゲスト講師や公開研究会の司会進行などは何度もやってきたが、学部生向けの講義をして、教育の難しさをあらためて思い知る。ちなみにわたしも、学生からもらうと一番うれしい感想は「面白かった」である。教員は笑わせてナンボではないけれど、芸人から学ぶことは多い。長谷部先生も爆問学問で学者は芸人というようなことを話しておられたようだが(by同居人)、「学者芸人」の看板を掲げる一ツ橋大学講師のサンキュータツオさんなどを見ると、なるほど見事な「二足のわらじ」だなあと感心する。

米粒写経公式ホームページ http://kometsubu.com/
サンキュータツオ教授の優雅な生活 http://39tatsuo.jugem.jp/
「おもしろ研究論文」荒川強啓デイ・キャッチ、メキキの聞き耳MP3ファイル(20091022)

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2009年11月28日 (土)

映画『レスラー』とプロレスラーの死因

The_wrestler_posterサラリーマンたちのサボリ場とも言われる新橋文化(映画館)で、今さらながら『レスラー』を観た。ブルース・スプリングスティーンのエンディング曲が流れてきたとき、そこかしこで鼻水をすする音がした。客はおっさんばかりの小屋で、こんな経験をしたのは初めてだった。鼻風邪の人も混じっていたと思うけど、ひっしに涙をこらえていたおっさんもいたはず。第65回ヴェネツィア国際映画祭での金獅子賞受賞と第66回ゴールデングローブ賞主演男優賞 (ドラマ部門)受賞は「なるほど」と納得できた。

ダーレン・アロノフスキー監督『レスラー』(原題: The Wrestler, 2008, 米)
村西とおる日記:漁師と海猿、そしてまたもや酒井法子さまと剛竜馬のことなど・・・

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2009年11月19日 (木)

『恋はデジャ・ブ』にみる大乗仏教

Groundhog_day_sp1〈きのう〉は本当に存在したのか。〈あしは〉た本当にくるのか。子供時分、そんなことを考えているうちに恐くて眠れなくなった(結局眠ったけど)。朝、目が覚めても、まだ夢の中にいるんじゃないかという疑いが残った(夢の中で目が覚めたことは何度もある)。じぶん以外の人間は本当に存在するのだろうか。じぶんの目の前にいる彼ら彼女らには、じぶんと同じような心や意識はあるのだろうか。もしかすると、機械仕掛けで動いているだけの存在じゃないだろうか。そもそも、じぶん、って何者なんだろう。もしかしたら、神のような超越的な存在が生み出した世界の登場人物じゃないだろうか・・・・隠れた名作『恋はデジャ・ブ』を観ながら、子供時分にわたしを悩ませた時間や存在について問いを次々と思い出した。(この映画には仏教的なものは一切描かれていません)

ハロルド ライミス監督 『恋はデジャ・ブ』 (原題: Groundhog Day, 米, 1993)
Zito, Angela (2009) 'Groundhog Day, Again', The Revealer, New York University.
Gammage, Jeff Gammage (2007) "The enlightened 'Groundhog'", Buddhist Channel.

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2009年11月16日 (月)

メディアと多元性(divirsity)

Kadooka
ゼミに新しい研究プロジェクトができた。メディアと多元性(diversity)。わがゼミでは2005年から「メディア研究のつどい」などの公開研究会を開いているし、ほかにも勉強会があるけれど、今回生まれた「メディアと多元性」プロジェクトは、言論空間や日本社会の多元性を考えていくことに主眼を置く。旗揚げ興業にあたる第1回目の研究会の講師として、フリーライターの角岡伸彦さんにお越しいただいた。そして、彼のその見事な「しゃべくり」にすっかり魅了された。

公開講座「私が見た被差別部落、メディア、日本」 ( JM / iii / lab.
角岡伸彦 (1999) 『被差別部落の青春』 講談社(2003年文庫化)
角岡伸彦 (2003) 『ホルモン奉行』 解放出版社
角岡伸彦 (2005) 『はじめての部落問題』 文春新書
角岡伸彦 (2009) 『とことん!部落問題』 講談社

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2009年11月10日 (火)

百里の道でまだ二十五里

Iii_2
先日、3回目の「博士課程コロキウム」という発表会に臨み、どうにか発表と報告をすませた。この発表会は、毎年行われる「審査」というか、指導のひとつで、正副指導教員を含む3人の前で研究内容を発表し、応答しなければならない。わが大学院では3回のコロキウムを経なければ博論執筆に取りかかることができないという重要な関門だが、もし仮に博論が書けなくても3回のコロキウムを通過したら、「まんたい」と呼ばれるイッチョマエな肩書きがいただける(←正確には博士課程単位取得満期退学で、昔は「博士課程修了」などと呼ばれていた)。ここまで来たら最後まで走り抜けてみたいという悪心もわいてくる。入学当初のわたしは大学院を「難易度がちょい高めのカルチャーセンター」と考えていたのに、この心境の変化はなんだろう。

社会人と大学院(1)社会人と大学院(2)社会人と大学院(3)社会人と大学院(4)

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2009年11月 8日 (日)

移民映画祭で先輩と再会

ImigrantsSeri_harr上智大学で開催されている第1回移民映画祭(Migrant Film Festival2009)会場に足を運んだところ、かつて務めていた新聞社でお世話になった先輩と22年ぶりに再会した。わたしと先輩の最初の遭遇は 1987年の広島。国立大学の学部長が殺された事件で、支局のチンピラが右往左往しているところへ、大阪社会部から先輩を含む2人が応援で派遣されてきた。ちびっ子探偵団がバリバリの中堅から手ほどきを受ける好機だった。先輩はわたしたちを怒鳴り散らすようなことはせず、京大式カードでデータベースを作る人だった。彼はその後、大阪社会部から政治部に異動して永田町あたりでブイブイいわせていたはずだけど、現在は多文化情報誌「イミグランツ」の編集長になっていた。エスニックメディアの研究をするとき、頼りになる相談相手ができて嬉しい。

第1回移民映画祭(Migrant Film Festival2009)
チャン・スヨン監督 『セリとハルSeri & Harr』 (原題:세리와 하르, 2007, 韓国)
多文化情報誌Immigrants イミグランツ 公式サイト
多文化情報誌 イミグランツ -Immigrants-編集長日記

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2009年11月 3日 (火)

痛すぎ、『WATCHMEN』の実写版

Watchmen_cinema_poster2アメリカン・コミックスを読んで育った30代~50代のアメリカ人(たぶん男)なら、この映画も細部まで楽しめるのだろう。だけど、こういう作品が作られたということと、この映画が問いかけている内容は、とても興味深い。わたしは映画『ダークナイト』の主人公ブルース・ウェインを、米イラク戦争における武装会社ブラック・ウォーターにダブらせて見たが、『WATCHMEN』のヒーローたちときたら、作品中でケネディを暗殺したり、ベトナム戦争に参加して自分が孕ませた現地の妊婦を虐殺したり、ニクソン三選のために暗躍したり・・・・と、そのまんま! もし、スーパーヒーローが存在しとしたら、という設定は、第二次大戦で日独伊三国同盟が勝利した後の世界を描いたP.K.ディック『高い城の男』 (ハヤカワ文庫)と同じく、思考実験としてはおもしろい。難点を挙げれば、この映画の暴力描写は痛すぎる。

ザック・スナイダー監督『ウォッチメン』(原題: Watchmen, 2009、米)
Moore, Alan and Gibbons, Dave (1986=2009) Watchmen, DC Comics (石川裕人,秋友克也,沖恭一郎,海法紀光訳『WATCHMEN ウォッチメン』小学館集英社プロダクション)
クリストファー・ノーラン監督 『ダークナイト』 (原題 : The Dark Knight、 2008、米)
P.K.ディック. 『高い城の男』 浅倉久志訳、ハヤカワ文庫、1984

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2009年10月29日 (木)

部落問題とサバルタン

Can_the_subaltern_speak部落問題を語ろうとするとき、わたしにはいくつかの障壁がある。端的にいえば“立ち位置”の問題である。政治性あるいは党派性といってもよい。解放運動は、全国水平社を源流とする複数の運動団体によって牽引されてきた。それぞれ異なったイデオロギーを掲げ、激しい論争が繰り広げられてきた。興味本位で論争の“行司役”になることはできない。しかし「部落問題」を避けるという行為それ自体、差別をめぐる状況の一部を構成してしまう。部落問題にとどまらず差別の問題にコミットすることは、考えれば考えるほどむつかしい。

Spivak, Gayatri C. (1988=2008) Can the Subaltern Speak?, In Marxism and the Interpretation of Culture., Eds. Nelson C. and Grossberg L., University of Illinois Press, pp. 271-313.(上村忠男訳『サバルタンは語ることができるか』みすず書房).

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2009年10月20日 (火)

矛盾論理

落語の「まくら」の目的は、わたしたちの日常生活に身近な話題から「おやっ?」と思わせて話に引き込んでいくことだ。わたしが敬愛する故・桂枝雀師匠のまくらのなかに無精の者の小噺がある。なにをするにつけても「面倒だ」「じゃまくさい」と消極的な無精者たちが、たまたま大勢集まるような機会があった。1人の不精者が周りを見わたして言った。「こんなにも無精者が大勢集まるのは珍しい。せっかくなので『無精者の会』というのを作ったらどうか」。それを聞いていた隣の無精者が言った。「じゃまくさいから止めておこう」。

「紺屋の白袴」みたいな話だが、こういうのを思い付くまま列挙すると。

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2009年10月15日 (木)

恐怖する「勝ち組」

素朴な疑問をひとつ。失業やホームレスの問題は「雇ってもらえない人」の問題ではない。派遣切りをしたり、雇い止めをしたり、内定取り消しをする「冷酷企業」だけの問題でもないような気がする(責められる会社もあるだろう)。むしろ、社会全体の問題じゃないか。すこし無理めの例えだが、わたしたちは仕事と金という資源の「椅子取りゲーム」をしているようなもので、ひとりで椅子を5つも6つも独占させないような仕組みを導入する必要がある。一度や二度、椅子に座れなくても、「明日があるさ」といえる世の中が好ましい。仕事や金は、椅子とは違って分割できるが、なぜ分割しないかというと、ひとたび「負け組」に陥ってしまうと「明日がない」からで、「勝ち組」はイケているようで、じつは転落してしまうことに過剰に恐怖を感じているのではないだろうか。

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2009年10月13日 (火)

ワンコが登場する作品

Marley_and_meDog_and_me先日、はからずも映画を見て泣いてしまい、それを同居人に見られてしまった。映画に感動して涙がこぼれたのではない。わたしは、犬が死んでいく場面があると、きまってスイッチが入ってしまうのである。『犬と私の10の約束』は涙が止まらなかった。『マーリー:世界一おバカな犬が教えてくれたこと』も、ウルウルした。幼いころに飼い犬を失ったときの心的外傷(トラウマ)が影響しているのだ。犬を死なせて涙を誘う映画はもうしばらく鑑賞しない。ちなみに、『いぬのえいが』と『ドッグ・ショウ!』は人の哀れがより強く描かれているのがよい。

本木克英監督 『犬と私の10の約束』 (松竹、2008)
デヴィッド・フランケル監督 『マーリー 世界一おバカな犬が教えてくれたこと』 (原題: Marley & Me, 2008, 米)
犬童一心監督 『いぬのえいが』 (ザナドゥー, 2005)
クリストファー・ゲスト監督 『ドッグ・ショウ!』 (原題: Best in Show, 2000, 米)

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2009年10月10日 (土)

『フロスト×ニクソン』とインタビュー技法

Frostnixonウォーターゲート事件で失脚したリチャード・ニクソン元大統領は、恩赦によって刑事責任を免れたまま身を潜め、政界復帰を目論んでいた。そんなニクソンに道義的責任を問ったのは、ワシントンでブイブイ言わせていた大物政治ジャーナリストではなく、英豪でトーク番組の司会をしていた英国の小男だったことを、恥ずかしながらこの映画で知った。男の名はデビッド・フロスト。だれも彼を「ジャーナリスト」と見なしていなかった。ピーター・モーガンによる舞台脚本をロン・ハワードが映画化した。事実は脚色はなされているが、本当にあったことで、映画もよかった。

ロン・ハワード監督 『フロスト×ニクソン』 (原題: Frost/Nixon, 2008, 英・米)

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2009年10月 8日 (木)

Oral Presentasion in English (備忘録)

東京大学大学院情報学環福武ホールで10月1日、「Danish- Japanese Digital Media & Journalism Workshop」が開催され、指導教員と副指導教員の強い勧めに 屈し 従い、英語の口頭発表に挑戦した。聴いてくれたのは、デンマークのジャーナリズムスクールで学ぶ約20人の現役ジャーナリストたち。ほとんどが 40~50代で、わたしと同年代か少し上の世代。熱心に耳を傾けてもらった。また、なによりも、わたしの下手な英語原稿に目を通し、適切な英語に直してくれたオーストラリアからの留学生には本当に世話になった。ありがとね(こんど、高級居酒屋でチューハイと一品をご馳走します)。

Danish School of Media and Journalism

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2009年10月 7日 (水)

今宵、新聞社とNPOの「協働」を考えるつどい

Media_studies_20091001_poster_mini■公開研究会 新聞社×NPO ~「協働」の可能性

 10月7日(水)夜、本郷キャンパス工学部2号館9階93教室で、公開講座「メディア研究のつどい」(電通コミュニケーション・ダイナミクス寄付講座)を開催します。今回のテーマは「新聞社×NPO~『協働』の可能性」です。
 新潟県上越市の地域新聞社が10年にわたって紙面の一部をNPOに無償開放し、NPOが紙面を通じて市民活動をサポートしています。この「協働」を続けて以降、新聞社は部数が増えたと話し、NPOも域内の市民活動が活発になった説明しています。
 今回の「メディア研究のつどい」では、この実践を続けてきた新聞社の編集局長とNPO理事長の2人を講師に招き、新聞社とNPOの「協働」について話を聞き、議論します。参加費無料です。ふるってご参加ください。
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主題: 新聞社×NPO~『協働』の可能性
日時: 2009年10月7日(水)18:30-20:30(開場18時00分)
会場: 東京大学 本郷キャンパス 工学部2号館 9階93教室(目印はSUBWAYです)
講師: 上越タイムス社編集局長・山田護さん
     くびき野NPOサポートセンター理事長・秋山三枝子さん
企画: 東京大学大学院学際情報学府博士課程 畑仲哲雄(林香里研究室)
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地図つきチラシをダウンロード→ PDF file

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2009年9月30日 (水)

【告知】イベント2件

ゼミ仲間が関わっている学外イベントを2つ紹介します。

DAYS横浜国際フォトジャーナリズムフェスティバル2009
 2009年9月30日~10月11日 @ 横浜赤レンガ倉庫1号館2F・3F
 http://photofestival2009.seesaa.net/

第1回移民映画祭 Migrants Film Festival Japan 2009
 2009年11月7日~11月8日 @ 上智大学・10号館講堂
 http://www.mffj.org/index.html

わたしも参加したいと思っています。図書館で本を読み、思索するだけではなく、積極的に世界と格闘していくことで生活世界は豊になっていくのですね。

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2009年9月26日 (土)

書店で買うことの意義

050811_055902_2このところ大いに気になっていることがある。それは、旭屋書店がぽつりぽつりと支店を閉めていることだ。旭屋書店といえば、わたしが人生で最もたくさん利用した本屋さんの一つだ。大阪・梅田の本店は、わたしにとって“ゆりかご”のような空間だった。ちなみに2009年9月22日時点のWikipedeiaをみると、閉鎖・閉店が続いている。ネットダイレクト旭屋書店(2007年12月、オンライン書店市場から撤退)、近鉄桃山店(2008年2月)、香港ジャスコ店(3月)、銀座店(4月)、水道橋店、イオン高松店、堺プラットプラット店、モレラ岐阜店(6月)、新金岡店(7月)、札幌店(2009年1月、北海道内からの撤退)、マリノアシティ福岡店(7月)。もしかして、アマゾン効果だろうか。だとすると、胸がチクチク痛む。(右の写真は、「ニューヨークの良心」と言われるユニオンスクエアのスタンドブックストアで撮影したもの。古びた店内。でもNYの宝のひとつ)

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