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2004年2月29日 (日)

『ジョイ・ラック・クラブ』と『チョコレート』

 喉がひりひり痛み、微熱がある。背中も痛い。どうやら風邪をひいたようだ。そんな風邪をおして映画を観た。
 オリバー・ストーン-製作総指揮、ウェイン・ワン監督『ジョイ・ラック・クラブ』(米、1993年)。エイミー・タンのベストセラー小説を映画化したものだ。なかなか良かった。ジョイ・ラックは漢字にすると「喜福」の意。

 こういう映画を観ると、生きていくのがシンドイなあと思う。悲惨な世代の婆たち(中国)>不幸な世代の母たち(在米1世)>英語こそ米人なみになったものの、中国文化のしがらみを引きずり、それらを重圧に感じる娘(2世)の因果な物語だ。
 たまたま前日に、爺>父>息子の“断絶”を背景にしたマーク・フォスター監督『チョコレート』(原題:MONSTER'S BALL、2001年米国)を観ていただけに、女のほうがいいなあと思った。母と娘は分かり合えるような気がするが、父と息子はなかなか分かり合えないような気がする。それは僕だけだろうか。
 『チョコレート』のほうはストーリーが雑だと思った。主演のハル・ベリーが黒人初の主演女優賞を受けたそうだが、素人の僕にも「だからどうなんだ」という感じ。崔洋一監督『月はどっちに出ている』(1993年)のルビー・モレノのほうがよほど良かったと思う。もう一人の主役、ビリー・ボブ・ソントンは、コーエン兄弟監督『バーバー』(原題:The Man Who Wasn't There、米、2001年)のほうが良かったし、なんといっても、自ら監督主演を務めた『スリングブレード』(米、1996年)が最高だったように思う。

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