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2004年4月12日 (月)

イラク邦人人質へのツライ眼差し

みんなで寄ってたかって、人質3人と、その家族を責めたてるの風潮は、じつにニッポン的だなあと思う。これは、オウム真理教に対する集団ヒステリーが高じた時期の空気に似ているし、神戸の児童連続殺傷事件が発生したときのある種の空気に通じる。知人のフリーライターは「この国には神はいない。ロード・オブ・セケンがある」と話していたけど、今回もまた、いやな世間に出会ってしまった。

だれだって事故に遭うことがある。運わるく事件に巻き込まれることだってある。それは、危険だとされる地域であっても、安全とされる地域であっても、不測の事態は起こりうる。その被害者に対して、“お国に迷惑をかける粗忽者”というレッテルを貼って、その家族をも責め立てるのは卑劣だ。そして、世間はいつも卑劣だし、いつもお節介だし、いつも寄ってたかって…なのだ。(3人の行動を過度に美化するのもヘンなのだが)

たとえば、1999年秋、茨城県の核燃料加工会社ジェー・シー・オー(JCO)東海事業所で起こった臨界事故で、亡くなった大内久さんに対して、今回のようなヒステリックな非難は起こっていない。むろん、あの事故では、JCOの経営陣や大内さんの上司たちに大きな責任があった。しかしながら、大内さん本人にも安全管理に度し難い行動が認められる。(大内さんを責めろと言っているのではない)

哀れな家族たちが、いったいどんなツラををして、どんなセリフを発するか。その姿は生意気っぽいか? その顔つきに反省の色がないか? 髪型が、服装が、気に入らないか? そういった話題を肴に、正義漢ぶって、評論家ぶって、すっとぼけた“一家言”を得意げに披露する人たちを見るのが、心底ツライ。

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» わたしには責められない [ちょこれいと こーてぃんぐ]
イラクの人質事件が起きてから、何かを書こうとずっと思っていたんですけど、 いろいろなことをぐるぐると考えるばかりで何も書けませんでした。 ようやくパソコンに向か... [続きを読む]

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