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2004年5月 4日 (火)

愛のトレッキーズ

4月30日からスカパーのスーパーチャンネルで行われた「スタートレックまるごと70時間」が5月3日未明、ようやく終わった。「エンタープライズ」の第1シーズン(26話)と、未放送だった第2シーズン(26話)の一挙放送は、寝食忘れてテレビの前に座り続けられるトレッキーとハードディスク録画機を買った人に向けた企画。中途半端なファン心理と腰痛を持つ者にはつらかった。

「まるごと70時間」でわたしが最も複雑な思いで見たのが、Roger Nygard監督「トレッキーズ」(1999)というドキュメンタリーだ。次から次へと、いるわいるわ、熱狂的なトレックおたくたちが。「実社会では変人扱いされ、いじめられていても、ここ(イベント会場)へ来ると、自分はそうでもないんだなと思える」とはにかむ青年。クリンゴン人のコスプレで愛情表現であるドツキ合いを楽しむカップル。レアなカードや玩具類を交換・売買する少年。本名を「ジェームス・カーク」に変えてしまった中年男…… いかにも、という人たちが次々登場し、自らのトレック人生を得意げに語る、語る、語る、また語る…… だけど、これは予想の範囲内。わたしが意外に思ったのは、女性トレッキーの多さである。

宇宙艦隊の赤い制服で裁判所に行き、陪審員をまっとうしようとしたサングラスの中年女性がいた。彼女の振る舞いは、ウィスコンシン州ホワイトウォーターという街の新聞に大きく取り上げられ奇人扱いされていたが、トレッキーの集会では紛れもなくヒーローだった。トレッキーによるトレッキーのためのラジオの番組を7年も続けているパーソナリティーも女性だった。よくまあ7年もトレックだけで番組が成立するなあと感心させられる。トレックが縁で友達になったという「ジョイ・ラック・クラブ」みたいな4人組の初老の女性たちもいた。彼女たちはどこか穏やかな感じがしたが。そうかと思えば、カークとスポックの"やおい"小説をシコシコ書いている人も「ふつーの主婦」だと自己紹介していた。スタートレックといえば、深宇宙探査をする科学者と軍人たちのスペースオペラなのに、こんなにも多くの女性トレッキーがいるというのは、とても意外だった。(あ、いや、べつに女性が科学に弱いなどと言ってるんじゃないですよ)

で、90分の作品を全部見終わるまでもなく気がついたのは、この映画は熱狂的なファンを馬鹿者扱いして嗤ってやろうという悪質さはないということだ。なによりもまず、「社会現象としてのスタートレック」を包み隠さず紹介しようとしている点に好感が持てた。社会現象になったトレッキーズたちは、道頓堀に飛び込む阪神ファンやフーリガンで大暴れしている人たちに比べて、ずいぶん多様に思えた。トレッキーといえば、およそ女にモテそうにない暗い青年・中年男性像を連想したのだが、じつは老若男女いろんな階層・職業のひとたちがいたし、「変人たち」だけで片づけられないものがあるように思えた。

スタートレックが想定する23~24世紀の社会では、いくつもの「理想」が実現されている。たとえば差別がない。性、人種、民族、出自による不当な扱いがない。フェレンギ人でもホログラムでもアンドロイドでも流動体生物でも、みんな艦隊の一員で、努力すれば昇進もできる。それに、TNGのピカードやDS9のシスコ、VOYのジェインウェイのような人望のある人が仕切る組織では、腐敗などはびこる余地がない。みんな自分の仕事をわきまえているし、とても責任感が強い。それに、この時代にはお金というものがないに等しい。フェレンギ人はラチナムを追い求めているが、彼ら/彼女らを除けば、だれもお金に汲々としていない。また、艦隊の士官たちは、種族の文化を尊重し、不当な干渉しないという誓いを立てている。これって、みーんな現実世界の裏返しじゃないかな。

わたしたちが生きる20世紀後半から21世紀初頭の地球では、差別や腐敗はいたるところに残っているし、巨大資本は生産財と生産手段の増強に余念がない。貧乏人はちょっとやそっとで這い上がれない。戦争だってドンパチ行われているが、決してジョージ・W・ブッシュのような人は前線で弾の下をかいくぐるようなマネはしない。不正義がまかり通っている薄汚れた世界に生きるトレッキーたちが、ストーリーにちりばめられた文明批判に共感しても、不思議ではない。たとえば、「差別」や「腐敗」や「暴力」にどっぷり浸かっているエイリアンと向き合ったとき、艦隊士官や指揮官ならこう言うだろう。「あなたたちは、かつて私たち人類そっくりだ」。つまり、未来の士官や指揮官たちは、現代社会の為政者、権力者、社会状況を反省しているのだ。

「まるごと70時間」のなかで、わたしが感心したのは、エピソードをひとつ紹介しよう。それは、エンタープライズ第2シーズン第14話"STIGMA"における副司令官トゥポルの振る舞いだ。バルカン人科学士官トゥポルは、第1シーズン第16話"FUSION" で、迫害のため故郷を捨てたバルカン人の1人から、当時「不道徳」とされていた「精神融合」を受けた。"STIGMA"では、それが原因でトゥポルが「パナー症候群」という難病に感染していることが発覚する。物語の中で、バルカン当局は、パナー症候群感染を理由にトゥポルをバルカンに送還し罰しようと画策する。物語の中で、バルカン当局が気にしていたのは、パナー症候群という病気自体よりも、その感染経路のほうであることが、さりげなく明かされる。つまり、精神融合という「不道徳な」営みに関わっている融合者を社会から排除することが、バルカン当局にとって最重要課題なのだ。

パナー症候群への感染がバレることは、「たぶん不道徳者」という烙印を押されることとを意味する。それを知ったアーチャー船長は、トゥポルに対し、精神融合は自分の意志ではなかった、と正直に言うよう説得する。もし、トゥポルが審問会の場で「じぶん病気になったのはのは、レイプまがいの精神融合が原因だ」と証言すれば、咎めを受けずに寛大な措置を受けられるからだ。しかし、トゥポルはアーチャーに向かって、その事実を告げるつもりはないと明言する。自らの保身のためそんな証言することは、マイノリティである融合者に対する差別を助長することになるからだ。アーチャーはそんなトゥポルの意志を尊重する。

このエピソードがエイズの比喩であることは明らかだが、たとえば、こんな社会批評的なエピソードがスタートレックには、いくつも埋め込まれている。こうしたいくつものエピソードをトレッキーズたちは世代を超えて、地域を越えて、共通体験として持っているわけだ。そういう意味で「トレッキーズ」は、社会のお荷物的な奇人変人ではなく、どこか憎めない愛すべき心優しき人たちのような気がする。最後に、Roger Nygard監督に一言。「長寿と繁栄を!

TREKKIES
http://www.trekdoc.com/

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コメント

こんにちは、畑仲さん。
トレッキーとは言えないですが、スタートレック好きな女性!です。
(^^ゞ 単純にSF大好きなので楽しんで観てしまうのですが、記事を読んでなるほどと思いました。結論がうれしかったです。

投稿: イメカ | 2004年5月 4日 (火) 01時59分

イルカさん、コメントをありがとう。
ココログやはてな等のブログサイトを見ていると、たしかにSFは民族、性別、世代、文化を超えていますね。ところで、私たちスタートレックファンは、原作者ジーン・ロデンベリーに精神融合されてしまった「感染者」と言えませんか?(笑

投稿: 畑仲 | 2004年5月 4日 (火) 09時41分

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