拝啓小林恭二先生、無断で「引用」させていただきました
小林恭二先生。
先生が書かれた筒井康隆『天狗の落とし文』(新潮文庫、2004.8)の「解説」は、たいへんすばらしいものでした。たんなる内容紹介や、ちょっとした感想にとどまることなく、読み応えのある作品(評論)として、文庫に深みと広がりをもたらしてくれました。筒井ファンであり、かつ、小林ファンであるわたしとしてはうれしい限りです。
ただ、「おや」と思ったことがあります。小林先生は220頁後半で、「引用する場合は必ずわたしの許可を得るように」と書かれています。いきなり部分的な抜き書きをしてもわかりにくいと思いますので、前後の文章も含めて、「盗用」ならぬ、無断で「引用」させていただきますヨ。
ちなみに筒井康隆と違って心の極めて狭隘(きょうあい)なるわたしは、盗用を断じて許さない。引用する場合は必ずわたしの許可を得るように。さもなくば多少言葉を変えてもわたしは必ずやそれをみつけだし、盗用の旨全世界の筒井研究者に通知するであろう。よろしいか。
野暮は言いたくありません。よもや小林先生が著作権法の「引用」に関する最低限のキマリをご存じない、なんてことは考えられません。上記の言い回しは“小林節”であって、一種の文学表現であることは容易に想像できます。小林先生のファンならば、そうした「お約束」を分かったうえで、それを喜びとして「解説」を拝読すべきでしょう。
しかし、です。「解説」の読者がすべて小林先生のファンであるとは限りません。ファン/非ファンはこのさい関係ありません。つまり、「引用」について誤解をしている人たちが、この一節を読んで、誤解の度合いをいっそう深めてしまいかねない---そんな余計な心配をわたしはしてしまったのです。このところ夜も眠れません(オリンピック期間中は)。
ご承知の通り、インターネットの世界では「引用」についてトンデモない誤解がいまだに根強くまかり通ってります。「無断引用を禁じます」みたいな表現がアチャコチャに散乱していて、これがいっこうに改善されません。いえ、なにもこれはネットだけの現象ではありません。有名どころの新聞でも「無断引用」というDQN表現がサラリと使われていたりします。小心者のわたしとしては、「引用には許諾が必要」「無断引用は盗用」と信じている人はかなりの数に上るのではないかと心配で心配で夜も眠れないのです(とくにオリンピック期間中は)。
小林先生のことですから、そうした困った風潮を十分すぎるくらいに憂いて(嗤って?)おられるでしょうし、だからこそ「引用する場合は必ずわたしの許可を得るように」という表現を、一種の社会批判としてお使いになったのでしょう。
しっかし、です。間違った情報=いわばデマ情報がまかり通っている社会で、道化役を買って出て、あらためてデマを口にしてみたところで、それを皮肉と受け取れる人はどれだけおりましょうや。むしろ、小林先生の表現は、デマを拡大し、定着させることに役立ってしまったのではありますまいか。上手な例えかどうか自信がありませんが、第二次大戦中の日本で、天皇制をおちょくる目的で、「天皇陛下ヴァンザーイ」とさけぶようなものではないか、っちうことです。
小林先生は10にのぼる「分析」をしたのち、「解説」の最後を次の言葉で締めくくっておられます。
再度念を押すが、決してわたしの分類分析は盗用しないこと。もし違反した場合は二四万円を支払って日本教育正常化推進連盟に訴えるのでそのつもりで。
つまり、最後の最後まで「引用」と「盗用」がごちゃごちゃになったまま、読者をポーンと放り出しています。こうしてポーンと放り出されてもいっこうに大丈夫なのは、小林先生の作風をよーく知っている濃いファンで、かつ、著作権法の「引用」のオキテをちゃんと知ってる人--に限られてしまうのではないでしょうか。うーん、心配で夜も眠れないなぁ(オリンピック期間中だけだけどね)。
■参考サイト
著作権情報センター、岡村久道先生の著作権法入門、Copy and Copyright 複写と著作権、著作権法学会
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