セックスという構築物
「○○以降/○○以前」--そんなふうに時代を画したビッグ・ネームがある。たとえばダーウィン。生物が進化するという考え方を提示し「ダーウィン以降」という言葉がしっくりくる。時代をさかのぼれば、ニュートンもいるし、ガリレオ、ソクラテス、釈迦、キリスト……がいる(←おっと、どこか順序がおかしい)。そうした巨人たちのおかげで、人々の世界観や人間観は大きく変わった。そんなふうに時代を「以前/以降」を区切る人に、ジュディス・バトラーという研究者がいる。バトラーが区切ったのはフェミニズム研究の世界だけにとどまらない。
バトラー,ジュディス(1990=1999)「〈セックスジェンダー欲望〉の主体」,『ジェンダー・トラブル フェミニズムとアイデンティティの攪乱』竹村和子訳,青土社,pp.17-74
ゼミで上記文献を読んだ。はじめてのバトラーは、浅学非才なわたしにとって、まだまだ難しいシロモノだった。最もしっくりこなかったのは、バトラーが、生物としての性差とされる「セックス」も社会的に構築されていると述べていたこと。「生まれつきの男女差が〈セックス〉で、歴史的・文化的・社会的に定義される男女の差が〈ジェンダー〉と信じ切っていただけに、一つめのボタンがなかなか止まらず、理解が進みにくかった。もう頭が固くなったのかなと思うと情けない。
「セックス」と呼ばれるこの構築物こそ、ジェンダーと同様に、社会的に構築されたものである。実際おそらくセックスは、すでにジェンダーなのだ。(p.29)ジェンダーは、それによってセックスそのものが確立されてゆく生産装置のことである。(p.29)
Y染色体とX染色体、外性器など生殖器官の形状、そして出産の可能性… 男と女はいろんな意味で違う。そう、たしかに肉体的な差はある。しかしだよ、「民族」とか「人種」といった、かつて“生物としての性差”とされてきた区分が、いかにインチキで、いかに政治的に悪用されてきたかを振り返れば、セックスが構築物だってことが見えてこないかい? そう教えてくれた人がいた。なるほど、その通りだと思った。そのときは膝を打った。バトラーが書いていたとおり、「ジェンダー」なる語が登場する前から、すでにセックスはジェンダー化されていたのだ。
ゼミ教官の言葉を思い起こしながらバトラーの難解な論文をパラパラ再読していくと、彼女が社会的構築主義の視座からフェミニズム研究の世界を覆っていたさまざまな考え方を脱構築し、本質主義を批判し、さらに哲学や思想を支える基盤主義にも徹底的に疑ってかかっていることが、おぼろげながら分かってくる。そして、セックスを構築物として捉えることも、すーっと自然に思えてくるから不思議だ。
でも、本を閉じると、やっぱり、どこか騙されていたような気がする。職業人として、この本に対して言いたいことはいろいろある。だけど、学徒としての修行が足りないのは認めざるを得ない。それよりも、↑なんだかトンチンカンなことを書いたようで不安です。
■バトラー,ジュディス(1990=1999)『ジェンダー・トラブル』竹村和子訳,青土社(bk1|amazon)
■www.theory.org.uk Resources: Judith Butler
■Wikipedia, the free encyclopedia : Judith Butler
追記:バトラー論文で重要だと思ったのは、「行為体(エージェンシー)」による「攪乱」という考え方。まだしっくりこない。そして、N.ルーマンの社会理論も大いに参考になるはず。でも、これもまだ読んでないんです。
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コメント
ヒザを打ってもらえてうれしいです。とっても。
(あれ、なんか日本語おかしい?)
そして。いいですね、フルムーン院生。
投稿: h@nn | 2004年11月14日 (日) 06時24分
h@nnさん、コメントをありがとうございます。
大学院ではゆっくり話をする機会がなく(←次の授業がすぐに始まってしまうのです)、たいへん残念に思っています。
機会を作りたいですね。ゼミ教官はコンパをする予定があるのかな?
投稿: 畑仲哲雄 | 2004年11月14日 (日) 11時03分
あ、これって私への問いかけかしら、、忘年会やりましょかね。
投稿: hayashik | 2004年11月14日 (日) 22時15分
先生、ご登場ありがとうございます。
忘年会のお手伝いならさせていただきます。
弟子ですから。
投稿: 畑仲哲雄 | 2004年11月14日 (日) 23時06分
きのうの授業でみなさんに聞こうと思っていて忘れしてしまいました。来週相談しましょう。
投稿: | 2004年11月18日 (木) 09時34分
了解しました。早めに予約しないと混雑しそうですね・・・・
投稿: 畑仲哲雄 | 2004年11月18日 (木) 23時34分
こんにちわ。
ジュディスバトラー。ちょうど今手にとっています。気軽に手に取りましたが・・・果たして読めるのか私に。ついでにボーボアール第二の性も同時並行・・・。
BLOG参考にさせていただきます。
投稿: JOHNY | 2004年11月30日 (火) 01時09分