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2004年12月12日 (日)

映画『ニュースの天才』と雑誌『TNR』

捏造特集を組んだニュー・リパブリック誌2003年11月10日号の表紙にはグラス氏写真が掲載された風邪の症状がおさまってきたので、夜の六本木にくりだしてビリー・レイ監督『ニュースの天才』(2003、米)を学割料金で観てきた。この映画は、高級誌The New Republic(TNR)』を舞台に実際に起こった事件をもとに作られている。原題の「SHATTERED GLASS(粉々に砕け散ったガラス)」が、数々の記事を捏造した若手記者の名前 Stephen Glass(スティーブン・グラス)に引っかけられていて、その他の登場人物も多くが実在の人物である。

・ワシントンに本社をかまえる一流誌:ニュー・リパブリック
・41本の記事中27本を捏造した記者:スティーブン・グラス
・グラスが尊敬していた昔の名編集長:マイケル・ケリー
・グラスをクビにした悩める若手編集長:チャールズ・レーン
・事件発覚の端緒となった捏造記事:「ハック・ヘブン」
どれもこれもみな実在の人物だし、実在の雑誌記事だ。
TNRの公式サイトには、この映画の広告が大々的に掲載されているほか、事件発覚後に編集者たちが「私たちの読者へ」と題して書いた謝罪記事も公開されている。ニューヨークタイムズ紙のジェイソン・ブレア記者による捏造が発覚したとき(映画公開と同じ年!)に同誌が組んだ特集「Bad Press」で、ふたたびグラス氏の顔写真を表紙にさらしている。わたしには少し露悪的とさえ感じられた。

一方のグラス氏の名前を検索サイトで調べてみると、TNRをクビになって以降、ニューヨークで司法試験に合格してみたり、自らの捏造に関する自伝『The Fabulist(嘘つき、寓話作家)』を執筆してみたり、通信社やテレビ局の取材に追い回されたりと、忙しくしているようだ。とくに、この映画の公開にあわせて報道各社がグラス氏をインタビューしており、その記事が「USA TODAY」やCBS 60ミニッツのサイトで読める。それらの記事を読む限り、グラス氏はずいぶん反省もしたようだし、事件からかなり立ち直っているようにも思える。

わたしはこの手の作品を《義務モノ》として見ることにしてきた(前に見た義務モノはマイケル・マン監督『インサイダー』)。義務モノの多くは、どうしてもメディアや記者の倫理を問うものが多く、どこか抹香臭く、説教調で、楽しめない・・・・・・・・ 映画のなかで何度も描かれ、同誌の謝罪記事でも触れられているが、自社の記者が調べた「事実」をどのように確認するか---というのは編集者にとって古くて新しい問題である(大学の場合は論文審査の場面があてはまるかな)。編集長から「取材ノートにはどう書いてある?」と問われたグラスは「家に置いてあるノートを持ってきます」といって会社を飛び出す場面が何度かある。そしてグラス氏は、嘘の記事と矛盾しないよう取材ノートをも捏造していた。

それにしても、このような実名映画を作って公開するという感覚には心底頭が下がる。グラス氏自身も映画の製作に無償で協力しているというから、それはそれでエラい(というかイタい)。日本でもこうした恥ずべき事例はあったが、映画されたことはない。伊藤律単独会見をでっち上げたとされる記者の名前を覚えている人はほとんどいないし、サンゴを傷つけたカメラマンの名前を言える人は当時の関係者くらいだろう。他人の文章を盗用した有名人の例としては、立松和平氏田口ランディ氏のケースが思い出されるが、ふたりともグラス氏のように厳しく追及されることもなく、現在も著名な作家として第一線で活躍されている。グラス氏を業界から追放した米国が厳しすぎるのか、日本が甘すぎるのか? 絶対的な基準は存在しない。一言でいえば文化の差だろう。ただ、わたしには、この映画に関わったTNR関係者や映画に協力したグラス氏が立派に思える。

■関連サイト
・映画の公式サイト(英語日本語
・ニューリパブリック・オンラインの記事:
  To Our Readers [June 01, 98]
  To Our Readers: A Report [June 29, 1998]
  To Our Online Readers [July 20, 98]
  Bad Press [Nov. 10, 03]
・スティーブ・グラスの自伝的小説: Stephen Glass (2003) "The Fabulist", Simon & Schuster
・AP通信のインタビュー記事"Glass calls 'Shattered' his 'horror film'" (USA TODAY)
・60 Minutes のインタビュー記事"Stephen Glass: I Lied For Esteem"(CBSウェブサイト)
・MIYADAI.blogの記事「解説:映画『ニュースの天才』(ビリー・レイ脚本・監督)」

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コメント

 昨日昼、「ニュースの天才」を見るためにシネコンに行きました。入場カウンターが予想外に混雑していて、開始時間に遅れてしましました。夜の部しかないというので、やむをえず高村薫の原作を映画化した「レディージョーカー」を見ました。これがひどい!
原作を丁寧に読んでいる人は、無理やり理解したつもりになるかもしれませんが…。製作者側のひとりよがり、というよりも、観客をここまで無視できる神経を疑いますねえ。こんな映画作っていたら駄目だよなあ。
 ちなみに久方ぶりのシネマ混雑の原因は「Mr.インクレデブル」とかいう特撮ものの人気でした。
 すみません。仕切り直しします。

投稿: 佐藤和文 | 2004年12月13日 (月) 16時18分

佐藤さん、コメントをありがとうございました。

そうですか!『レディ・ジョーカー』がそんな出来だとは・・・・。とても残念です。
原作がしっかりしている作品を映画化するのは難しいんでしょうね。
さて、『ニュースの天才』の映画としての出来は、あまり良くないかもしれません。ただ、社会現象としてこういう映画が製作されたことに、ただただ驚いているというのが正直なところです。

投稿: Hatanaka Tetsuo | 2004年12月13日 (月) 17時00分

おべんきょうもかねてこの映画見に行こうと思います。
 文化の差についてはどうでしょうか。捏造や盗用の規模が比べるべくもないので、映画になりづらい。とくにセンセーショナルが好きな人達をひきつけられない、なんて考えるのでは。
 またニュースを作る人達と、立松、ランディ両氏では扱いが異なるのかなともおもいます。
 社会的責任をどんな風に考えるか、などなど。
映画見てきます。

投稿: JOHNY | 2004年12月18日 (土) 01時52分

ニュースの〇〇
を見て調べてました。

いやいや、伊藤律の事件など知らなくまだ調べてないですが、捏造して処罰さるてないような状況なら日本は異常で、マスコミ自体は崩壊してますね。


記事を書いた記者には責任を取らせるべきで、それが出来ない限りマスコミは暴走を与えて社会にとんでもない悪影響を与え続けるでしょうねー。


伊藤律について調べてみます。

投稿: ゆたか | 2014年9月 8日 (月) 21時10分

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=== 腐敗の先にあるもの === 権力としてのメディアが腐敗するのならば、その受け手側はどうすればよいのか。腐敗したメディアが提供する情報を精査する能力(リテラシー)を身に付けなければならない。ごくたまに、メディアの中で自浄作用が生じて、内省が働いたり、競合者による批判が起きたりはする。だがそれも競争の原理に基づいて行われる「追い落とし」行為に過ぎず、純粋にメディアとしての使命感などによって突き動かされた末にとられる行動とは異質のものだ。 映画「ニュースの天才(原題:Shattered..... [続きを読む]

受信: 2005年9月21日 (水) 13時07分

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