奇跡の印税
先日、ポット出版の沢辺さんからの封書が舞い込んだ。封書には「『スレイヴ』読者から図書券500円が送られてきました。転送します」という簡単なメッセージとともに、小さな封筒が収められていた。送り主は佐賀県在住の男性で、“小説の内容はどーってことなかったけど、ドネーション小説という発想がおもしろかった”という意味のことが書かれていた。ちょっと複雑な思いを抱かせてくれる文面だが、それでも思わず佐賀県の方角に向かって頭を垂れた。
98年に世に送り出した小説がいまだに読まれているという事実に素直に感動する。学術論文は引用されてナンボかもしれないが、小説って読まれてナンボ・売れてナンボ。小説というパッケージに固定した当時の思いが、今もどこかで読まれ、いまだに印税が送られてくる――そのこと自体が“奇跡”に思えてならない。なぜなら・・・・
わたしはこんな光景を想像する。・・・・読者は本をパタンと閉じる(電子本の場合はアプリを終了する)。しばり目を閉じる。印税を送ってやろうか、放っておこうか、すこし迷う。おもむろに机に向かう。便箋にペンを走らせる。感想らしきものを書く。封筒に宛名を書き、切手を張り、なにかのついでにポストの投函しに行く・・・・ これはかなりの手間である。しかもそうまでして、なんの見返りもない。だからこそ、ありがたいと思う。ほとんど奇跡のように感じられる。
マスメディア・ジャーナリズムの世界では、ひとつの記事が数十万から数百万の読者に読まれる。わたしは毎日新聞と日経トレンディという雑誌で数多くの読者に向けて記事を書いた。しかし読者からの反響はそれほど多くなかった。だが、『スレイヴ』を紙と電子の両方で出版したときに、思わぬ数の反響(と印税)をいただいた。絶賛もあれば、酷評ももあったが、わずか2000部の小説にこれほどまでのリアクションがあるとはまったく予想していなかった。
結果的にポット出版から出た紙の本は増刷がかなわず沢辺さんには申しわけなかったが、青空文庫では富田さんから大いに励ましてもらったし、浜野さんや多村さんにも助けてもらうなど、いくつもの出会いがあった。一方通行的なマスメディアの世界に慣れ親しんでいたわたしには、コペルニクス的転換だった。今もあの頃を思い出すと胸が熱くなる。
わたしは大学院に社会人入学し、小説で食っていく計画は中断したままだが、機会があれば、、、、
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コメント
極道亭親分子分の新作が読めるのを楽しみにしております。
投稿: 檀 | 2005年2月10日 (木) 09時49分
檀ハン、コメントおおきにはばかりさん。
なーんや、「極道亭親分子分の漫才台本」を読んでくれたはったんでっか! ワイらは反響がぜんぜんないもんやさかい「こら読者ゼロやがな」と泣いてましたんや。作者のガキ(畑仲)も、このところシゴトと大学院で忙しゅうなってしもて、余裕がおまへんねん。えらいすんまへん。いずれ復活したいと思うてまっさかい、その日をおたのしみに!
投稿: 極道亭子分 | 2005年2月10日 (木) 12時39分