ふしぎの国のナシレマ族
文化人類学の世界では有名な話かもしれないが、ナシレマ族に関する調査レポートの一部が、ギデンズの『社会学』(而立書房 2003)に収録されている(45-46頁)。わたしの研究領域とはほとんど関係ないが、とても面白かった。
この調査研究は1956年、ホーレス・マイナーという研究者によってなされた。マイナーが報告するナシレマ族の複雑な身体儀礼は、コンピューターネットワークの発展した極東の島国(いまの日本)に生きるわたしたちにも示唆的だと思うし、サンスティーン教授が懸念する「集団分極化」ともあながち無縁ではないような気がする。
少々長くなるが引用する。
ギデンズ,アンソニー(1992=2004)『社会学』而立書房、pp.45-46
制度全体を支えているのは、人間の身体は厄介な存在で、何もしないと自然に衰弱や病気にいたるという根本的信念であるように思える。人間はそうした身体から離脱できないため、人々の唯一の希望は、儀礼と儀礼の及ぼす強力な効果を利用して、そうした特性を避けることにある。どの家庭にもこの目的のために捧げられた祭壇が必ず最低ひとつは置かれている。・・・・・・・・祭壇の中心をなすのは、壁に取り付けた箱か戸棚である。この戸棚の中には、先住民がそれなしでは生きていけないと信じる魔よけの品や不思議な薬が数多く保管されている。これらの品物や薬は専門家から手に入れたものである。そうした専門家のうちで最も力をもつのが呪医で、その呪医の援助には相当の贈り物でもって報いなければならない。けれども呪医は、依頼人に治療薬を与えるのではなく、薬の成分は何がよいか決め、それを古代の秘密の言葉で書き記すだけである。この書き付けが何か分かるのは、呪医の他に、同じように贈り物との交換で魔よけの品を与えてくれる草薬師だけである・・・・・・・・。
ナシレマ族は、口腔に関してほとんど病的なまでの恐怖と強い関心を抱いており、口腔の健康状態が、すべての社会関係に対して超自然的な影響力を持つと信じている。かりに口腔儀礼を執り行わなかった場合、歯は抜け落ち、歯茎は出血し、顎の骨は萎縮して、友人からは見捨てられ、恋人には肘鉄砲をくらうことになる、とナシレマ族は信じている。口腔の特徴と性格との間には強い関係があると信じている。たとえば、精神力を高める効果があると考えられている、子ども向きの口腔洗浄儀礼が存在する。
誰もが毎日おこなう身体儀礼には、口腔儀礼が必ず入っている。ナシレマ族の人びとは口腔の手入れには非常に几帳面であるという事実にもかかわらず、この口腔儀礼は、まだこの儀礼の奥義を授けられていない部外者には不快感を催す習慣を伴っている。報告によれば、この儀礼では、何かの魔法の粉をつけた豚の毛の小さな束が口の中に差し込まれ、それから一連の高度に儀式化された動作でもってその束を動かしていくのである。(Miner 1956)
これはギデンズが『社会学』第2章「文化的アイデンティティとエスノセントリズム」で引用していたものの孫引きである。ナシレマ族がどこにいるのかについて、すでに気付いた人もいると思う。ヒントは、ナシレマ族のアルファベット表記
この本は、学部生並みの私のような者にとって格好の入門書であり、手軽な事典としても使える。また、バトラーやルーマンといった高度なメタ言語をあやつる学界の呪医たちの言説に疲れたときには、心地よいサプリメントにもなります。
■関連リンク
・フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』noの「アンソニー・ギデンズ」
・ギデンズ,アンソニー(1992=2004)松尾精文ほか訳『社会学第4版 』而立書房(bk1|amazon)
2005/05/04追記 マイナーは実在の研究者で、論文は出版されていました。
■関連書籍&リンク
・Miner, Horace (1956) "Body Ritual among the Nacirema" American Anthropologist 58:3
・Miner, Horace (1956) "Body Ritual among the Nacirema" Applying Cultural Anthropology: An Introductory Reader 2002 (amazon)
・Web Site "The Nacirema" http://www.beadsland.com/nacirema/
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