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2005年6月24日 (金)

遅刻と延長

dari_w多くの社会人が大学院生に通うようになって感じる「?」の一つは、遅刻と延長ではないだろうか。ビジネスの世界では客を待たせることはない。また、手前みそな理由でお客の時間を奪うなどということはあってはならない。そんなことばかりしていたら、社会的な信用を失ってしまうし、勤務先からクビになる。だが、大学(院)の世界は若干違っている。

学生はよく遅刻する。わたしも20年ほど前はそうだったからエラそうなことは言えない。だけど、社会人を長くやっていると遅刻やサボリは考えられなくなった。学費を払ってるんだから元とらなきゃ、などというケチな考えからではない。時間を守ることが当たり前になっている。学生側が遅刻をするのは、自業自得だといえるが、わたしが首をかしげてしまうのは、教員側の常習遅刻と勝手な時間延長である。

あくまでも他大学院の話だが、こんな教員がいる。始業時間から必ず20-30分ほど遅れて教室にやってきて、急ぎ足で講義をはじめる。そんなに遅れてくれば、時間内に終わるはずもない。当たり前のように授業は延長される。だけど時間延長は、罪滅ぼしにも何にもならない。ルーズなだけである。学生側が遅刻するから教員が遅れがちになる--そんなふうに原因と責任を学生側になすりつける教員がいるとすれば、論外。学生をお客様扱いしろというつもりはない。フツーにするだけでよい。「でも、大学ではそれ(遅刻)がフツーなんだよ」と反論されれば、それまでです。郷に入り手は郷に従えと言いますから・・・・あくまでも他研究科の話ですので、誤解のないように。

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「school life」カテゴリの記事

コメント

はい、確かに。最初のころは、欠席するときはどういうふうに連絡すればいいんだろう?とか思ってました。自分が(前の)学生のころは、途中で抜けるのも先生が板書している間に後ろからこっそり抜ける、というふうでしたが、先生の目の前を堂々と帰ってゆく学生がいるのも驚きです。あくまで「他学部の学生」の話ですが。
求道学舎、ぜひ行きたかったです。

投稿: brary | 2005年6月24日 (金) 22時55分

braryさん:こんばんは。こんど大学文化論などを語りましょう。大学(院)っていいなあ、と思う半面、目をむくようなことも・・・・・もちろん「目をむく」ような問題があるのは他大学(院)のことですけど。

投稿: 畑仲哲雄 | 2005年6月24日 (金) 23時45分

うわさ話によると、他学部では15分くらい遅れてきて、さも当たり前のように1時間以上延長する先生もいらっしゃるらしいっす。さらには授業中に携帯電話に出る先生も。これぞ部分社会。

投稿: 御意 | 2005年6月25日 (土) 00時34分

御意さん:ヒャーっ、い、い、1時間の延長???? 信じられーん! 当然、一日の最後のコマなんでしょうね。勤労学生はもちろんのこと、育児や介護をしなくてはならない学生たちも、きれいさっぱり排除されてしまいますね。

投稿: 畑仲哲雄 | 2005年6月25日 (土) 01時32分

こんにちわ。
たしかに遅れてくるのはどうかと思います。前を横切る学生なども。マナーの問題。
ですが、考え方によっては、その時間の組み立て方、処分権は教員にあるともかんがえられる。遅れてくる空白の部分で何かを教えている、提供しているとも。裏を返すと時間ぴったり初め終えるひとが優秀とは限らない。
学生が求めるものがなにかにもよる。
おもうに契約にもとづくカリキュラム消化の部分と学問の部分はピッタリとは重なり合わないのではないか。
 教官(教授)なのか学者なのかというような問いも浮かぶ。
いろんなことがかんがえられるな~。
私の知っている学者のはなし。
タイムカードをキチンと押すような人に哲学教わりたい?
お金があるからって家のローンの繰上げ返済するような人に・・・。
強く同意しました私。
あとはマナーですね。遅れても延長しても許される形や態度といったものがあるとおもえます。当然学生側にも。

投稿: JOHNY | 2005年6月25日 (土) 02時43分

JOHNYさん:おひさしぶり。たしかに教育する側には「処分権」というか、一定の自由裁量権がありますね。それは、何者かによる教育への介入に抗するために必要な権限かと思います。
>契約にもとづくカリキュラム消化の部分と学問の部分はピッタリとは重なり合わない
 ↑↑それって、いい研究者(学者)は、いい教育者とは限らない。両者は等号で結ばれることはない、ということですよね。学生側は教育が上手な教官よりも、尊敬できる(一歩でも近づきたい)学者の指導下に入りたいと願うものですし。名選手≠名監督みたいな話ですよね。
 ただ近年は、どの大学もFD(ファカルティ・ディベロップメント)に力を入れざるを得なくなっています。なぜでしょうか。それは社会から遊離しすぎたからではないですか?
>タイムカードをキチンと押すような人に哲学教わりたい?
 タイムカードに縛られて、なにが哲学者かっていうなら、それこそステレオタイプ化じゃないかなぁー。学者はサラリーマンじゃないっていうけど、大学に勤めている人は立派な給与所得者だし、多くの場合は終身雇用だったり年功序列だったりします。だから、いろんな学者がいていいと思いますよ。繰り上げ返済するのもフツーじゃん。最近、ウン千万円の借金をしたばかりなので、はやく返済したい人の気持ちもミョーに分かるのですよ、わたしは(苦

投稿: 畑仲哲雄 | 2005年6月25日 (土) 09時32分

お久しぶりです。お元気ですか?
私も10年以上社会人やってて会社辞めて大学院に行ったので、はじめの頃は戸惑いました。
しかしそれから3年が過ぎ、すっかり慣れてしまって自分もそんな人間に成り下がっているような…(表現が悪いが)。
(たまに社会人の友人に怒られたりする…)
環境は人間を変えますね。ほんと。
しかし教員側に関して言えば、最低限、それで給料もらってるんだからサービス供給者としてのマナーというか義務はあると思います。はい。

投稿: ハン | 2005年6月25日 (土) 17時34分

占いの延長(・∀・)キボンヌ!!

投稿: マーク・ハント@ハタ | 2005年6月25日 (土) 21時22分

>首都大学石原君より
学生を教えている先生そのものも自己批判して、自分がどんな授業をするかということだけではなく、それも含めて大学のカリキュラム全体のあり方を考えなければ、現代という非常に速く変化し様々なニーズが出てきている時代に、若者の欲求を満たすような大学にはなり得ないと思います<
 特にだれを擁護するわけではないですが、個人的にはFDで目指すもの産学協同でめざすものに強く同意はできません。(部分はあり)。現実的にあれという掛け声のもと一般教養の軽視であれば足元は危うくなる。
企業組織と同じならば大学はいらないと私はおもう。現状はそうなってきていると感じます。
どのようにそれくずすかな、というのが私の課題です。
でも始まりの時間は守った方がいいということには同意です。終わりの時間はそれぞれ受講者の都合で抜ければいい。
 マスメディアという企業体と記者のジャーナリズムに向ける視線と同じかも。すると畑仲さんと私は相反?

投稿: JOHNY | 2005年6月26日 (日) 00時27分

ハンさん:おひさしぶりです。ジェンダーとジャーナリズムのゼミでは「触発」していただき感謝しています。大学の時間感覚、わたしもそろそろ「成り下がって」しまいそうです(苦  またお目にかかりたいっす!

投稿: 畑仲哲雄 | 2005年6月26日 (日) 02時14分

JOHNYさん:再コメントをどうもです。石原さんのコメントをご紹介いただきありがとうございます。「マスメディアという企業体と記者のジャーナリズムに向ける視線と同じかも。すると畑仲さんと私は相反?」・・・なるほど! そういうことなのかもしれませんね。もちろん、わたしも無用な締め付けが「学問の自由」を萎縮させることには反対ですヨ (^^

投稿: 畑仲哲雄 | 2005年6月26日 (日) 02時24分

マーク・ハント@ハタさん:こんばんは。開運下着が「サランラップ」なんですって? 占い、またやりましょうね。

投稿: 畑仲哲雄 | 2005年6月26日 (日) 02時45分

某ローも延長がわりあとあるようです。ただ、いま私が受けている先生たちは、みな遅刻しない人なので精神衛生上は助かっています。それに今は極端な延長もないですから。
ちなみに、ちょうど終了時間なのに「あと10分」といってわざわざ新しい話に入る先生は、教える能力もそういうレベルです。昼休みしか家事にまつわる作業ができない(役所や郵便局、銀行など)場合は、どうしろというのでしょう。そういえば、住宅ローン実行時の待ち合わせの日に15分延長があったため、ほんの少しだけですが遅れてしまいました。不動産会社、住宅会社、銀行からの6人を待たせるのは申し訳なかったです。

去年はかなりな延長もあったそうです。一般人の集中力の限界などおかまいなしなのかなーと不安になります。途中、休憩もなかったみたいですし、おなかも減ってくる時間だったと聞きます。
私がいるクラスはパパママクラスなので、万が一最後の授業で延長されると、保育園のお迎え等に間に合わない人も出てきます。来年のパパママクラス担当者次第ですね。あ、今の2年生はどうなっているのだろう。

なにより、単発で伸びてしまうのならまだしも、延長する人は常態化しやすいようです。これはカリキュラムの見直しをはかる方が筋としてまっとうだと思います。
そういう状態で「途中で抜けろ」という不利益を強要されるのは、私は違和感がありますね。

投稿: 同居人 | 2005年6月29日 (水) 09時26分

同居人さま:同じ家にいるのに、こうやってブログ上で返事を書くのもヘンな気がするのですが、そのことは脇へ置いて(笑)。
 教員の延長癖は社会人学生にとって迷惑な場合が多いのは事実ですね。育児や家事の時間的やりくりをしなければならないパパ学生、ママ学生にしかわからない苦労というものがありますし。
 そういう意味で、遅刻もヒドイけど延長も困りもの。延長された>泣く泣く教室から抜け出た>次週の講義は延長部分を前提に行われた>脱落した・・・・結局、生活がかかってる社会人学生だけが排除されるというのは不公平だし不公正ですね。

投稿: 畑仲哲雄 | 2005年6月30日 (木) 00時04分

補足:授業時間外に都合があるのはパパママだけではないのはもちろんです。あくまでイメージしやすい例として出してみました。

投稿: 同居人 | 2005年6月30日 (木) 01時38分

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論駄な日々 大学世界と一般企業常識との差異について 主に講義の遅刻、延長について。 こんにちわ。 たしかに遅れてくるのはどうかと思います。前を横切る学生なども。マナーの問題。 ですが、考え方によっては、その時間の組み立て方、処分権は教員にあるともかんがえられる。遅れてくる空白の部分で何かを教えている、提供しているとも。裏を返すと時間ぴったり初め終えるひとが優秀とは限らない。 学生が求めるものがなにかにもよる。 おもうに契約にもと�... [続きを読む]

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