ソーシャル・キャピタルという考え方
ロバート・パットナムというアメリカの社会学者が1995年に書いた「ひとりでボウリングをする」という論文を、指導教官から勧めてもらった。そういう論文があることは過去に知っていた(だれかが引用していた!)のだが、東洋経済新報社から邦訳が出ているのを知り、遅ればせながら読んだ。英語が堪能で、この分野に関心のある人は10年前にこれを読んでんだよなー、と悔しい思いをしながらページをめくる。
Putnam, Robert D. (1995) "Bowling Alone: America's Declining Social Capital" Journal of Democracy Volume 6, Number 1, January, pp. 65-78, (坂本治也・山内富美訳 「ひとりでボウリングをする」 宮川公男・大守隆編(2004=2005) 『ソーシャル・キャピタル』 第2章、pp.55-76, 東洋経済新報社)
↑雑誌に掲載された論文の翻訳が単行本のひとつの章に入れられたとき、どうやって表記すべきなのでせうか?アホやからわからん!
パットナム論文によると、1970年代半ばから今日にいたるまで、民主主義のお手本の国・アメリカでさまざまな変化がみられた。たとえば、1960年代初頭から1990年までに全国レベルの選挙で投票率が約4分の1に低下した。1973年以来おこなわれている民間の世論調査でも、「町や学校関連の公的な集会に参加したことがある」と回答するアメリカ人の数は3分の1強減少したそうだ。こうした傾向は、PTAやスポーツ関連団体、ライオンズ・クラブのような友愛団体への参加についてもみられているという。パットナムがもっとも当惑させられたのはボウリングに関する調査結果だ。
1980年から93年の間に、アメリカでボウリングをする人の合計数は10%増加したが、クラブに入ってボウリングをする人は40%も減少した。(中略)ひとりでボウリングをする者には、これら[ビールやピザを片手に、時には市民的な会話さえ交えつつ、ボウリングを通じて行っていた社会的交流]の経験が失われている。ボウリングが投票以上に重要な問題としてアメリカ人の目に映るかどうかはともかく、ボウリングチームは消えゆくソーシャル・キャピタルの一形態を例証している。(邦訳本 p.58)
ソーシャル・キャピタルは多義的だが、パットナムは
「相互利益のための調整と協力を容易にする、ネットワーク、規範、社会的信頼のような社会的組織の特徴を表す概念[…]様々な理由から、ソーシャル・キャピタルの十分な蓄積に恵まれているコミュニティでは、生活は心地よいものとなる」
と説明する。アメリカ人の「個人化」「私人化」がどんどん進み、コミュニティという公的な場に出かけて、床屋談義のような語らいをすることしなくなった背景には、さまざまな社会変動が考えられる。パットナムは、女性の労働参入や流動性の「鉢替え」仮説、人口学的変化(婚姻率の低下、少子化、実質賃金の下落)などを挙げ、以下のような具体的な研究の方向を示している。
- ソーシャル・キャピタルの諸次元の分類
- ―― どんな組織やネットワークが(互酬性、集合行為のジレンマの解決、社会的アイデンティティの拡張といった意味での)ソーシャル・キャピタルを具現化するか。
- 電子ネットワークのインパクト、職場におけるソーシャル・キャピタルの発展
- ―― ソーシャル・キャピタルは創造されるのか、単に再配分されるのか。
- コミュニティへの積極参加から得られる利益とコストの算出
- ―― 古き良きアメリカを美化せずにバランスの取れた収支帳簿を作成する必要がある。
- 公共政策の影響を分析・評価
- ―― ソーシャル・キャピタルを破壊する政策もあれば、創造する政策もある。その影響は少なくない。
- ―― どんな組織やネットワークが(互酬性、集合行為のジレンマの解決、社会的アイデンティティの拡張といった意味での)ソーシャル・キャピタルを具現化するか。
論文を一読して、ソーシャル・キャピタルという新しい考え方は、社会学というよりも政治学や経済学にもまたがっていて、地方自治やNPO/NGOなどを含むコミュニティの発展に示唆を与えてくれることが分かる。独りでボウリングをする人が増えていることと、国政選挙の投票率低下とがなんの関係があるのかと言われればそれまでかもしれない。それらを結ぶ社会の構造変動をソーシャル・キャピタルという枠組みあてはめることでいろんなもの(関連)が見えてくる。わたしには、リベラリズムvs.コミュニタリアニズム論争、デューイvs.リップマン論争などと無関係ではないという気がしてきた。できるだけ時間を費やして基本書籍を読んでみようという気になっています。H先生に感謝。
■書籍情報
・洋書 Putnam,Robert D. (1995=2000) "Bowling Alone: The Collapse and Revival of American Community", Simon & Schuster
・訳書 宮川公男・大守隆編(2004=2005)『ソーシャル・キャピタル』東洋経済新報社
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コメント
とりあえずこんどデリベラティブ・ボウリングしてみましょうよ。
投稿: 仲間由紀恵@3年計画 | 2005年7月24日 (日) 19時43分
仲間由紀恵@3年計画さま: ナイスなコメント! だけど、討論しすぎて「沈黙の螺旋」が起こったら、デモクラシーの危機に陥らないか?
投稿: 畑仲哲雄 | 2005年7月25日 (月) 00時24分
ピンが連鎖的に倒れたら高得点できっとみんな楽しいですよ!
投稿: 仲間由紀恵@3年計画 | 2005年7月25日 (月) 00時49分
仲間由紀恵@3年計画さま: 楽しいデリベラティブ・ボウリング大会の前に、ひとりで練習しておきます。
投稿: 畑仲哲雄 | 2005年7月25日 (月) 01時23分
はたやんせんぱい、昨日はすごく残念でした(>_<)!!ですが、またぜったい企画したいと思います☆
全くまとがはずれて申し訳ないんですが、
アメリカとボーリングは、
「ボーリング・フォー・コロンバイン」以降、
きってもきれないような「シンボル」のような
気がしてなんか不思議です。
投稿: にゃん | 2005年7月25日 (月) 01時32分
にゃんさま: たしかにボウリング場ってスコアを競うスポーツセンターというよりも、仲間うちでビールやコーラを飲んだり、ピザをつまんだりしながらワイワイやる場なんでしょうね。信頼って、そうやって作られるんでしょうね。秋にみんなでボウリングでもやりませんか?
投稿: Hatanaka Tetsuo | 2005年7月25日 (月) 16時21分
なるほど、秋はボーリングで☆笑
でも、ボーリングできるかしら、自分。笑
投稿: にゃん | 2005年7月26日 (火) 02時28分