社会学とジャーナリズム
業界の重鎮にケンカを売り、46歳という若さで世を去ったアメリカの社会学者チャールズ・ライト・ミルズの『社会学的想像力』。Y2Kの三先生による基礎ゼミの一発目で1-3章を読んだ。第2章ではシステム論のタルコット・パーソンズを、第3章では社会調査のラザスフェルドを、ばっさばっさと斬りまくっている。実に痛快。それに先立つ第1章で、ミルズは「社会学的想像力」について説教くさいことを延々書いているのだが、そうした言葉の多くを、わたしはすでにジャーナリズムの世界でも聞かされていた。ミルズに言わせれば《社会学は社会学の対象となる》のだが、《ジャーナリズムはジャーナリズムの対象になる》という理屈と同じである。もっといえば、「社会学的想像力」は、ジャーナリストの精神論(?)と大いに重なる。
ミルズ、C.ライト、鈴木広訳(1965)『社会学的想像力』紀伊国屋書店
「個人的問題をたえず公共の問題に翻訳し、公共の問題をそれがさまざまの人びとにとっていかなる人間的意味をもつのか、という形に翻訳すること、それが社会科学者の政治的任務である」
どうです? ジャーナリスト教育でも使えるフレーズじゃないでしょうか。ただ、「社会学的想像力」を身につけた者だけが(かならずしも社会学者であるとは限りません)、社会を冷静かつ客観的に見つめることができると言い切ってしまうと、解脱したワレだけが迷える民衆を救えると風呂敷を広げるエセ宗教家のようで、なんとも危うい。だが、おそらく「ジャーナリズムの矜恃」というセリフも、別の立ち位置から見ると同じくらい危ういはず。
個人的にミルズは好きな研究者です。お日さまめがけて剣を抜き、闘いを挑んだハチのムサシみたい、と言ったら叱られますね。だれか、全ページをPDFにしてくれないかな。パブリック・ドメインに入るまで待てない。
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コメント
自己レスです。
そういえば、社会学者がよく使う言葉に「取材」があります。なんで「調査」じゃなくて、シュザイなの? と取材したくなったのは、わたし一人ではありますまい。
投稿: 畑仲哲雄 | 2005年10月24日 (月) 15時29分