参加型買いものゲリラ?
そのような流れの延長上にあるのではないか、と思えるパッケージ・ソフトが11月25日、発売される。ソースネクストの「ズバリ大安売り」。全国約2万5000人の主婦=地域特派員が毎朝入力するスーパーの特売チラシ情報が検索できる。値段は1980円。パソコンにインストールすると、安売り情報がじゃんじゃん表示されるそうで、携帯電話にメールで転送する機能や、検索結果の特売品を使ったレシピなども見られるという。折り込みチラシを収入源としている新聞販売店関係者には[・・・]な商品かもしれない。
先般、新聞の閲読時間がネットに抜かれたというデータが発表されたが、わたしは人々に最もよく読まれているのは新聞記事ではなくチラシだという実感を抱いている。H元先生のゼミでも大いに議論が盛り上がったが、新聞記事はネットに抜かれるはるか昔から、チラシに抜かれていたはずだ。そして、そのチラシ頒布を担ってきたのが、全国の新聞販売店でもあったのだ。
ソースネクストのパッケージ商品は、安売り情報の受け手だった主婦たちが自ら情報を発信するのではなく(つまり、ベタな参加型ではなく)、業務契約をした主婦などの地域特派員がチラシのデータを転記し、ソフト利用者らにデータを提供・共有するという仕組みのようだ。でも、「卵1パック○○○円」などというデータ類に著作物性はないので、コピペしても訴えられる心配がない。情報提供というよりも、どちらかというと情報共有指向の商品といっていいのではないか。オーマイ・ニュースの市民記者がニュースゲリラなら、「ズバリ大安売り」の主婦特派員は買い物ゲリラにとなりうる(・・・ちょっと無理かな)。
今後、WikiペディアやWikiニュースのような“Wikiチラシ”が登場する可能性がなきにしもあらず。お買い得情報の受発信やその共有は「ジャーナリズム」ではないし、理念もイデオロギーも関係ない。けれども、そうした情報は、わたしたちの日常生活を支える貴重な情報であることは紛れもない事実。頭でっかちで概念操作もいいが、身の回りの「参加型」を考えると、すこしは視野が広がりそうな気がする。だれだって安い店で買いたいもんね。
■関連サイト
・ソースネクスト・ドットコム/ホーム向けソフト/ズバリ大安売り
・主婦が入手したスーパーの特売情報を検索できる「ズバリ大安売り」(Internet Watch、インプレス)
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コメント
日本の社会における「参加」の内実あるいはこれからの展望について、わたしは自信がないのです。美しい前提、理念としての「参加」あるいは「市民参加」を否定するつもりはないし、それに向かって努力し続ける必要はあると思うのですが・・。ネットにとどまらず、市民の自立、市民の主体的な参加をうたうNPOの世界でも同様で、理念の上滑りとでもいうべき事態が進行しているように見えます。その問題はネットとはまた別の次元で見詰め直し、対応すべきではないかと、思ったりもします。ネットの問題として、一種のブーム的にとらえるあまり、現実対応がないがしろになりはしないかと、危惧しています。
特に最近の「有権者の判断」のすごさを見ていると、われながら空間識失調状態に陥り、戸惑ってしまいます。「市民」って何なのだろうか。ネット、ブログと関係付けて論じる場合も、そうした伝統的で陳腐な問題設定から地道にときほぐす以外にないのではないか。
投稿: schmidt | 2005年11月22日 (火) 15時43分
schmidtさま: こんにちは、ご無沙汰しています。「参加」の内実・展望についてのご指摘(というか危惧)は、たしかにもっともです。耳障りのよいキャッチコピーめいた言説をヒロイックに吹聴してまわるのは、リスクをともないませんし、簡単です。でも、現実の社会を見るかぎり、けっして楽観的ではいられないのも事実。世の中それほど捨てたものでもないけれども、それほどキレイ事がまかり通るとも思えない。偽善者にもならず、偽悪者にもならず、「上滑り」気味な流行語を脱構築しつつ・・・・一歩ずつ進むしかないのでしょうね。
投稿: 畑仲哲雄 | 2005年11月22日 (火) 18時41分
先週、おやびんに喝を入れられたので、今日は発言。もう少し語れたな。
それにしても「ブログ書いてる人」との呼びかけに無反応のおやびんはチキソw
あ、いつの間にかゴルゴリンク。
投稿: 仲間由紀恵@3年計画 | 2005年11月22日 (火) 22時43分
仲間@3年さま: H元ゼミでの目の覚めるようなコメント、ほんとうに疲れさまでした。おかげでグッスリ安眠できました。ところで、「ブログみたいなもの書いてる(ヒマな)人なんて、いるのかな」とか「他人のブログなんて(あほらしくて)読みたいはずがないよ」みたいなH元先生のコメントのあとで、「ハーイ、わたし、ぶろぐ書いちょりまーす」って手を挙げられますかいな。「仲間もゴルゴも、ブロガーでっせ~!、H元せんせー」と言えば良かった(反省)。
仲間@3年のブログ(http://blog.livedoor.jp/gty/)
ゴ○○のブログ(http://yaplog.jp/tokyoteketeke/)
投稿: 畑仲哲雄 | 2005年11月23日 (水) 00時33分