Protected Space
ことしを振り返ると、世の中が「ブログ」ブームに浮き足立っていたような印象を覚える。ブログの普及は2003年ごろに遡れるのかもしれないが、日本ではそれ以前からテキスト系サイトによるオンライン日記が多数綴られていた。人々の日記をつなぐ文化やそれを可能にする仕掛けはブログ普及に先立って成熟・定着していた(山下清美ほか『ウェブログの心理学』NTT出版,2005を参照のこと)。しかし、そうした系譜を知らずしてネットにやってきた人たちは、ブログこそが革命的なツールではないかという期待を抱いた(期せずして踊らされていた?)のではないか。かつてわたしもパソコン通信やワールド・ワイド・ウェブに始めて接したときには、すごい時代になったと思っていた。でも、時代が醸し出す予感はたいてい裏切られる。
濱野智史「ブログはジャーナリズムたりうるか」『季刊インターコミュニケーション』55号=2005年冬、58-61頁、NTT出版
Gumbrecht, Michelle. (2004) "Blogs as 'Protected Space'" , Presented at the Workshop on the Weblogging Ecosystem: Aggregation, Analysis, and Dynamics: WWW 2004. New York: ACM Press.
かつて「身辺雑記ブログは“二流”ですか?」というエントリーを書いた。当時のわたしには《日本のブログ=身辺雑記/アメリカのブログ=ジャーナリズム》という構図はウソくさく思えた。また、身辺雑記や日記を低位に、ジャーナリズムを高位に配置する考え方が鼻についた。今回出会った濱野さんの記事は、わたしの頭を大いに整理してくれた。彼は記事の中で、匿名と実名、公的と私的という安易な二元論的に基づく日米ブログ比較の誤解をうまく整理してくれている。
ブログがジャーナリズムか否かを計るために、一般的に用いられる二つの見解について検討しよう。
第一に、匿名性について。これは「2ちゃんねるのような日本の匿名メディアは、ジャーナリズムとはいえない」といった主張に代表される。(中略)第二の見解は、「日本のブログは私的だからジャーナリズムではない」というものである。米国のブログはジャーナリスティックで、"パブリック"に向けて書かれた内容が多いが、日本のブログは本音を吐露する"プライヴェート"な日記か、専門的でマニアックな知識のデータベースに偏りがちではないのか・・・・。逆もまた然りである。米国はもともと民主主義やジャーナリズムの強い国だからこそ、ブログ・ジャーナリズムは隆盛した云々。しばしばこうした反語疑問が提示される。
しかし、これは端的に誤りである。私たちが見知りする米国のブログ状況は、たまたまその「公的性格」を強調されたものがフィルターされているにすぎないのであって、実際の状況はそう日本と変わらない。
濱野さんが参照していたのは、スタンフォード大のMichelle Gumbrecht(発音わからーん)氏が、2004年にニューヨークで開かれた会議でおこなったCMC(computer-mediated communication)に関するプレゼン資料である(だれか日本語化してくれ)。Gumbrechtたちが行った社会調査によると、米国に住む人たちの多くはブログを私的なコミュニケーションの道具として認知しているという。Gumbrechtは「Protected Space=保護された空間」という概念を提示し、ブログ利用者たちが、ごく少数の知人にしか分からないような言葉(隠語やジャーゴン)を用いて私的な身辺雑記を綴っていると分析する。
なにも珍しいことではない。わたし自身、大学院のお友だちとの間でしか通じないような、あるいは、特定の業界関係者でなければ理解不能なコメントのやりとりをすることがたまにある。不特定多数の人に向かってセンセーショナルな記事を書くことなど想定していない(だが、皮肉なことに、ブログは検索サイトにひっかかりやすくて、、、)。このブログにしても、わたしが院生として「おおっ!」と思ったことを忘れないための備忘録でもあるのだから。
ブログの代表的プログラムである「Movable Type(ムーバブル・タイプ)」を販売している米シックス・アパート社のミナ・トロットさんが、『アエラ』(2005.05.30)以下のようなコメントを載せている。
日米のブログをみていると、スタイルが違いますね。文化の違いが反映されていると思います。たとえば、日本では写真を載せて簡単に一言、というブログが多く、デザインに凝る傾向があります。アメリカでは長い文章を載せる人が多いですね。内容も異なります。アメリカでは政治的な内容がとても多い。ブログはジャーナリズムの一形態だ、という論じられ方が一般的です。
トロット発言やこれに類するような言説があちこちで引用され、わりとナイーブに受容されていった背景には、少数の“事件”(ホワイトハウスへの立ち入りを認められたブロガーがいるとか、ブロガーがキャスターを攻撃して降板させたとか)が繰り返し報道されたことが影響しているかもしれない。
《米国のブログはジャーナリスティック→日本の日記ブログよりも高尚→さすがアメリカは民主主義の先進国→日本でもブログ・ジャーナリズムは必要》
のような“期待感”だけが先行したのだとすれば、それこそ懐疑精神の貧困と言わねばならない。あたらしい技術はいつも過剰な期待を生み、技術決定論的な安易な未来が描かれがちだ。ことし評判を呼んだEPIC2014/2015のような未来予測を、ありがたがって受け止めるようなことだけはしたくない、そんな年の瀬です。
| 固定リンク
「journalism」カテゴリの記事
- 大学の序列と書き手の属性(2023.03.30)
- 2020年に観た映画とドラマ(備忘録)(2020.12.29)
- 議論を誘発する『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』(2020.08.20)
- 捜査幹部から賭けマージャンの誘いを受けたら 連載「ジャーナリズムの道徳的ジレンマ」第23回(2020.06.13)
- 取材源の秘匿について-産経新聞「主張」を批判する(2020.05.22)
「sociology」カテゴリの記事
- 2020年に観た映画とドラマ(備忘録)(2020.12.29)
- 新聞書評『沖縄で新聞記者になる』(2020.05.19)
- 記者たちの省察~『沖縄で新聞記者になる』を書いて(2020.03.30)
- 『沖縄で新聞記者になる:本土出身者たちが語る沖縄とジャーナリズム』出版しました(2020.02.17)
- 『ジャーナリズムの道徳的ジレンマ』重版出来!(2019.11.29)
「books」カテゴリの記事
- 2020年に観た映画とドラマ(備忘録)(2020.12.29)
- 新聞書評『沖縄で新聞記者になる』(2020.05.19)
- 『沖縄で新聞記者になる』トークライブ@那覇(2020.03.23)
- 『ジャーナリズムの道徳的ジレンマ』ワークショップ@新聞労連JTC(2020.03.22)
- 『ジャーナリズムの道徳的ジレンマ』重版出来!(2019.11.29)
「nerd」カテゴリの記事
- EPIC2014から10年(2014.01.05)
- auスマホIS03の使用感 (6)(2011.10.11)
- auスマホIS03の使用感 (5)(2011.02.14)
- 本当にあった脱力PC話(2010.10.26)
- kindleでtwitter(2010.10.08)
「digital products」カテゴリの記事
- auスマホIS03の使用感 (6)(2011.10.11)
- auスマホIS03の使用感 (5)(2011.02.14)
- auスマホIS03の使用感 (4)(2011.01.05)
- auスマホIS03の使用感 (3)(2010.12.18)
- auスマホIS03の使用感 (2)(2010.12.14)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
隠語かー。そういえば、おやびんからのメールは常に赤ちゃんことば。
しかし、HPじゃなくてブログのジャーナリズムがそんなに期待されてたんすか。
やばい。マジレスしてしまったw よいお年を。
投稿: 仲間由紀恵@3年計画 | 2005年12月30日 (金) 10時27分
2005年12月30日(金)追記
なんかエラそうなことを書きましたが、EPIC2014/2015を無視したりバカにしたりするつもりなんてないのですよ。空想話としては、それなりに面白い。作者のセンスはバツグン。
でも、学問は予言をしない。それはジャーナリズムも一緒でしょう(マーケッターならOKかも)。未来はこうなりますという青写真を描いて宣伝して回ると、予言の自己成就(ロバート・K・マートン)を招きかねない。それは危険だなあと思うわけですよ。だからこそ慎むべきだと思うわけですよ。
投稿: 畑仲哲雄 | 2005年12月30日 (金) 10時38分
仲間@3年様: バブバブー! ぼくが赤ちゃんことばのめーるをかいていることを、こんなところでバラしちゃだめだめだめだめ・・・・まったく、もー! バブバブー!!! あ、やばい、ぼくもマジレスしちまったでつw 良いお年を。新年会やろうね。
投稿: 畑仲哲雄 | 2005年12月30日 (金) 10時44分
うを。ハマノさんが出てくるとわ。
日本のブログはあくまでも「Web日記」の延長線上であって、ジャーナリズムとして捉えてる人はほとんどいないのではないかなぁ、というのがマイ印象です。そもそもWebでの(私的な)情報発信が、1対1でもなく、1対Nでもない、1対Specified-Nになりがちなのは、ブログ以前も以後も変わってないのではないでしょうかね。
で、とーとつながら、面白い会社シリーズ第2弾。
代表のPCの壁紙が。。。
ttp://www6.ocn.ne.jp/~dshonsya/profiles/profile02.htm
新年会参加希望でーす。
それでわ、よいお年を!
投稿: tkatoh | 2005年12月30日 (金) 15時15分
tkatohさん: こんにちは。オトナ院生こと畑仲です。面白い会社ページをありがとうございました。すばらしい会長さんデースw。で、濱野さんとはお知り合いなのですか?学部ツナガリかな?正月休みが空けたら仲間@3年たちとメシでも食いましょう!Ba-Boooo
投稿: 畑仲哲雄 | 2005年12月30日 (金) 18時39分
>こんなところでバラしちゃだめだめだめだめ・・・・まったく、もー!
赤ちゃんプレイはなさっていないと思いますよ。
本気だったら赤の他人へのメールには使わないでしょう。
わたしは使いません。みなさん、誤解は解けましたね?
>代表のPCの壁紙が。。。
なんだよ。これかと思ったら書いてあった。
>正月休みが空けたら
リアル3年計画発言キタ ⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒(。A。)!!!
投稿: 仲間由紀恵@3年計画 | 2005年12月31日 (土) 00時49分
畑仲さん
Gumbrecht論文って、これっすか?
http://www.blogpulse.com/papers/www2004gumbrecht.pdf
n=23ですけど。しかも、抽出法たるや…。これを元に「米国のブロガーは」とやられてもなあ。いや、やったっていいっすけど。
>だれか日本語化してくれ
2段組だけど、5Pしかないから、畑仲さん、いかがですか。しかし、価値があるのかなあ。
ご本人は、このあたり。
http://www.stanford.edu/~mgumbrec/
投稿: harmoniker | 2005年12月31日 (土) 21時00分
harmonikerさん: ことしもよろしく。情報提供ありがとう。そうでしゅか。信頼性の高くない論文(ちゅーか、プレゼン)の可能性もあるわけですネ。目からウロコのブログ国際比較・・・だれかやってないですかね。
投稿: 畑仲哲雄 | 2006年1月 1日 (日) 12時07分