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2006年7月20日 (木)

映画『スミス都へ行く』と世論

M佐藤先生が近著で紹介されていた映画『スミス都へ行く』を先日、ようやく観ることができた。喜劇映画のフランク・キャプラ監督が1939年に公開した名作で、民主主義や世論の問題を考えるには、なかなかに良い題材だと思う。佐藤先生も「クライマックスではいつも涙を抑えることができない」(p.136)といい、あの丸山眞男も主人公がリンカーン記念堂を訪問したシーンで「不覚にも私の目は涙にあふれた」と書いているそうだ(p.139)。でも、わたしは最初から最後までさほど感動できず、世論のことばかりが気になった。

フランク・キャプラ監督『スミス都へ行く』 1939、米 (原題 "Mr. Smith goes to Washington")
佐藤卓己(2006)『メディア社会』岩波新書 pp.134-139

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2006年7月17日 (月)

カレーの季節

お疲れ気味のときは、ついつい麺類でエネルギーを補給しがちになる。冷やしそうめん、冷やしタヌキ、ざるそば、つけ麺……そんな看板についフラフラと誘われてしまうだけど、わたしの場合、そんなことでは夏は乗り切れない。やはり香辛料(生薬)がたっぷり効いたカレーがないと、負けてしまう。というわけで、最近足を運んで気に入った店や、また行こうと思っている店を概括しておきたい。(ちず窓βを使ってみましたが、ちょっとウザイかも)

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2006年7月11日 (火)

公共性についての備忘録(2)

このところ、メディアの公共性を考える事象が縦続いた。NHK番組改編をめぐる朝日新聞との応酬や、ホリエモンのフジテレビ買収騒動、さらに、制度問題としての公共放送問題。一般的に、マスメディアには公共性があり、それゆに倫理的・制度的な制約を受けると考えられがちだ。でも、公共性とは何か、なぜマスメディアに公共性が求められるのか、など素朴な疑問について熟議が展開されているようには思えない。

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2006年7月10日 (月)

結局いつも砂時計

Revistaresponse1ウェブログというプログラムが世に出て久しい感じがする。この間、絶賛する人があとを絶たなかった。曰く、「素人にも更新がカンタン」「コメントとトラックバックでつながりが広がる」「日々の記録がデータベースになる」…。こうしたアプリケーションの機能面についての言及のほかに、手軽な発言機能への「期待」も大いに語られてきた。曰く「ブログ利用者ブロガーなどと呼ぶらしい)たちが、既存の伝統メディアの旧弊を切り崩す」「ブロガーたちが新しいジャーナリズムの地平を切り開く」云々…… いまのわたしは、正直なところ、半信半疑である。(←こういうことを表明した時点で「トレンドについていけない哀れな人」「変化に気づかない鈍感な人」というスティグマを押したがる人も少なくないと思うが、こういう言説も分析される必要がありそうですね)

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2006年7月 8日 (土)

中間地点、どうにか通過

Gakkanことしの修士論文中間発表が、きのう、終わった。中間発表はことしで二回目。振り返れば、2005年はほんとにひどい内容で、審査をしてくださった三人の先生には、もうしわけなかった。でも、ことしは、どうにかこうにか、昨年の雪辱をはたせたように思う。まだ甘いところはあって、それはじぶんでも自覚している。だけど、基本的にこの調子で、というコメントには大いに勇気づけられた。道のりは長いが、なんとかやりとげたい。

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2006年7月 2日 (日)

公共性についての備忘録(1)

春から、すこし場違いな法哲学系の授業に出させてもらった。ロースクールの授業を学際情報学府の院生が履修登録したのは、わたしが初めてではないだろうか。I先生の解説は、ジャーナリズムの公共性を考えるうえでとても参考になった。じぶんの研究と関連しそうな考え方や用語について備忘録をつけておきたい。間違っていたらご指摘ください。(50音順ではなく、思い出し順)

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