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2007年3月21日 (水)

オンライン歴18年

毎年3月になるとニフティからメールが届く。いつもDMは目を通さないのだが、何の気なしにファイルを開くと、「ご入会されてから、ちょうど18周年となります」と書かれてあり、今さらながら驚いた。もう、オンラインの世界に足を突っ込んで18年になるのだ。
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 \  │    @niftyを18年間ご利用いただきまして     │  /
 /  │       誠にありがとうございます。      │  \
/   │   これからもどうぞよろしくお願いいたします。  │   \
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                       From @nifty スタッフ一同

1989年といえば、本邦初の20万円を切るノートパソコン、東芝ダイナブックJ3100-SS001(19万8000円!)が発売された年。それまでシャープのノートワープロ「書院」を使っていたが、知人から話題のダイナブックSS001 に、オムロン製ポケットモデム(たしか1200bps以下)を付けて、10万円の安価で譲ってもらった。アキバまで走ってモジュラーケーブルを購入し、ニフティサーブとPC-VANに入会した(当時すでにアスキーネットや日経MIXがあったと思うが、そこまで手を広げる余裕はなかった)。

J3100-S001は、米軍がミサイルの弾道計算に使っていた TOSHIBA T-1000 に漢字ROMを搭載しただけの“世界標準機”で、MS-DOS 3.1J のディスクを入れて起動させるようになっていた。記憶容量として2MBの不揮発 RAM が使える点が、揮発メモリのPC9800シリーズに勝っていたように思う。不揮発メモリにDOSのシステムを転送しておけば、基本ディスクが不要になるのがかっこよかった。

この2MBのRAMを、東芝は「ハードRAM」と呼び、「まるでハードディスクのように使える」と謳っていたが、当時のわたしにはハードディスクなんぞは高嶺の花であった。そのRAMに、アシストカルク、アシストワードなどを入れたり、高校生が作成したというフリーの通信ソフト Bean TERM (豆ターム)を入れて、ニフティサーブにログオンしていた。後に、愛知県一宮市の井上さんが作成された W-TERM という通信ソフトに乗り換えたが、とても優れたソフトウェアだったように思う。

そういえば、 Bean TERM や W-TERM に限らず、当時はさまざまなフリーソフトが次々と作られ、たいへんお世話になった。圧縮解凍ソフトの Lha archive、ファイラーの FD と FILMTN 、簡易DBの PEMO JEMO、京都コンピュータ学院の学生が作ったテキストエディタ(名前を失念)、豊島(嶋?)さんが作られた印刷用ソフトの PRT、UNIX からDOSに移植されたストリームエディタ sed、ハードRAMを有効活用する常駐ツール diet・・・・。圧縮ファイルの中身を閲覧する miel などはずいぶんあとから登場したように思う。このほか、ダイナブックSS001 を T-1000 に早変わりさせる J-Shot というツールもあった。ニフティサーブに接続するたびに発見があり、ありがとうの気持ちが自然とわき上がった。

やがて報道機関もパソコン通信の世界に参入した。有料のニュース速報や記事検索サービスが登場した。わたしも仕事柄 G-Search は頻繁に利用した。図書館に足を運び、縮刷版をひっくり返す手間がはぶけるのがなによりの魅力だった(この頃、オンラインのニュース・サービスは高額だったなあ!)

いずれにしても、インターネットなどというものが登場するずっと前からオンラインの世界に足を踏み入れて18年。今日のわたしがあるのは、@nifty 、、、もとい、Nifty-Serveのおかげです。

追記:PEMOはPC9800シリーズ用のアプリで、J3100用はJEMO(ジェモ)でした。『暴走族のエスノグラフィー』で有名な佐藤郁哉先生もPEMOをご利用だったようです。あと、本文に入れそびれましたが、LHAは吉崎さんの、FDは出射さんの、mielは清水さんの作品です。ちなみに出射さんは2004年11月に逝去されました。ウィキペディアにも「DOS時代に大きな足跡を残した」と高く評価されています。ありがとうございました。合掌--

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コメント

 うわあ懐かしいなあ。俺も当時のこと思い出してみるか。

 当時、東芝のルポを1行表示から始まってデスクトップ型まで使い、データベースそふとまで動かした。3.5インチFDDマシン(NEC)に乗り換えて、HDD40メガを外付けでつけて・・。
 PC-VANメーンにニフティサーブに参加し、数多くのフリーソフトのお世話になった。特にIBMマシンのソフトをMS-DOSマシンで動かすプロジェクトにははまってしまった。当時は、あっと驚くソフトウェアが自分のマシンで動いたっけ。

 HIPER-Xという、独特のソフトはページをめくりながら閲覧できるすぐれものだった。メモリ状況貧困な中で、よくあんなソフトを作ったものだ。草の根のパソコン通信の議長役を務めたこともあったなあ。ニフティー経由で米国NASAにアクセスできたときは、あまりの感動に気が遠くなるかと思った。何しろ我が家のおんぼろ6畳間からNASAとつながったのだから・・。
 EZというフリーのテキストエディタにかな漢字変換を組み合わせて原稿を書いていた。そのなごりで今でもメーンエディタWZエディタなんだ。

投稿: schmidt | 2007年3月21日 (水) 15時37分

schmidtさん、こんにちは。
 「東芝のルポを1行表示」とは懐かしい。たった1行モノクロ液晶に文字が出ただけで感動でしたよね。MS-DOSの時代はEZやVZで autoexec.bat / config.sys を書き換える楽しみもありました。かな漢字変換プログラム(IME)も、当時はFEP(フェップ)と呼んでいましたっけ。そういえば、WX-PというフリーのFEPもありましたね。
 こんど、こぶ茶でも飲みながら、昔話にひたりましょう。

投稿: 畑仲哲雄 | 2007年3月21日 (水) 17時49分

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