ひとまとまりの潮流
少し前のこと。機中で姜先生の『在日』(講談社、2004)を読み、何故もっと早く読んでおかなかったのだろうと、いたく後悔した。姜先生のことをあまり詳しく存じ上げないまま、一昨年の基礎ゼミに顔を出した。ゼミでは丸山眞男のほか、ウェーバーやサイードの論考についてみんなで議論をした。そのときはフーンと思って聞いていた姜先生の解説の言葉が、『在日』を読んでいてあらためて明確になり、幾度もひざを打った。なるほど、そうだったのか!
姜先生ほど劇的ではないにせよ、わたし自身も生まれ育った場所からいくつもの境(さかい)を越えてきたという思いがある。45年余り生きてきて、ふと周りを見わたせば、“勝ち組”の人ばかり。おじいさんの代から知的階級だったり、資産家であったり、という人が普通にいる。河川敷を占拠するバラックで生まれ育ったり、借金取りから身を隠すため夜逃げをしたり、血の繋がった父親は小指を落として刑務所にいたり、船で移動しながら生活をしたり・・・というような、幼い時分のわたしの周囲に自然に存在した人々は一人もいない。
米国の貧しい白人を侮蔑する言葉に「ホワイト・トラッシュ」という表現があるが、わたし自身もそうした階層の社会で育まれた一人であり、いくつかの境を超えて(流されて?)いなければ、いまもおそらくそうした社会階層に浮遊していだろう。姜先生が大塚久雄先生にインスパイアされながらも違和感を抱いたことや、陸軍二等兵時代を語らない丸山眞男や越境者サイードに惹かれる気持ちが、しみじみ伝わってくる。
エピローグの中で姜先生は以下のサイードの言葉を引用している。
「わたしはときおり自分は流れつづける一まとまりの潮流ではないかと感じることがある。堅牢な固体としての自己という概念、多くの人々があれほど重要性を持たせているアイデンティティというものよりも、わたしにはこちらのほうが好ましい。これらの潮流は人生におけるさまざまの主旋律のように、覚醒しているあいだは流れつづけ、至高の状態において折り合いをつけること調和させる努力も必要としない。それらは『離れて』いて、どこかずれているのだろうが、少なくともつねに動き続けている。(中略)これは自由のひとつのかたちである、とわたしは考えたい。たとえ完全にそう確信しているとは言えないにせよ。この懐疑的傾向もまた、ずっと保持しつづけたいと私がとくに強く望んでいる主旋律の一つである。これほど多くの不協和音を人生に抱え込んだ結果、かえってわたしは、どこかぴったりこない、何かずれているというあり方のほうを、あえて選ぶことを身につけたのである」(エドワード・W・サイード『遠い場所の記憶』中野真紀子訳)
上の写真は、幼い日の姜先生が麓から見上げたであろう花岡山の仏塔である。
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コメント
負け組みの漏れは目に入りませんかそうですか。
スパムがおきやすい条件にも入れられてますよ orz
投稿: 仲間由紀恵@6年計画 | 2007年4月 1日 (日) 15時29分
なんで仲間先輩が「負け組」なんですか?
誰がどう見たってチョー勝ち組ですよ、お腹の出具合を除けば。
投稿: 畑仲哲雄 | 2007年4月 5日 (木) 23時56分