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2007年9月25日 (火)

しまった、腸が出てきた

51oakldreql_aa240_『生きる』で“黒澤ヒューマニズム”の一端に触れたつもりでいたが、今回『赤ひげ』を観て、あらためて黒澤の先見性・政治性に感心した。主人公の赤ひげ先生(三船俊郎)に語らせた台詞はさすがだ。1952年の『生きる』では役人根性やサラリーマン根性を揶揄しつつ、“貧困地帯”の環境環境にも目を向けさせる効果が少しはあったように思うが、65年の『赤ひげ』にいたっては、主人公(三船俊郎)に「問題は貧困と無知だ」と力説させている。

黒澤明監督『赤ひげ』(1965、東宝)

現在われわれにできることで、まずやらなくてはならないことは、貧困と無知に対するたたかいだ、貧困と無知とに勝ってゆくことで、医術の不足を補うほかはない、それは政治の問題だと云うだろう、誰でもそう云って済ましている、だがこれまでかつて政治が貧困や無知に対してなにかしたことがあるか、貧困だけに限ってもいい、江戸開府このかたでさえ幾千百となく法令が出た、しかしその中に、人間を貧困のままにして置いてはならない、という箇条が一度でも示された例があるか。

比較的最初の部分に出てくる台詞だが、この映画はここに凝縮されているように思う。映画の原作は山本周五郎の時代小説『赤ひげ診療譚』(1958)であって、黒澤というよりも周五郎先生こそスゴイのであるが。

『赤ひげ』の先見性は、現代社会にも十分通じる近親相姦やトラウマ、アダルトチルドレンなどを考えさせる事例が良くも悪くも散見される点だ。赤ひげも周囲の登場人物たちも、ときに差別的な表現を使っているが、物語の舞台が江戸時代の小石川養生所(現在の小石川植物園@文京区)ということもあり、あえてPCを要求すること必要もなかろう。

不謹慎かもしれないが、この映画で吹き出した瞬間がある。赤ひげ先生が開腹手術をする場面だ。全裸の女性が手足を縛られ四方に引っ張られている・・・というか不安定な状態で吊されているように見える。そこで長崎帰りの若い保本医師が、赤ひげ先生に大開脚した女の足を真正面から押さえつけるよう命じられるが、もがき暴れる足に蹴飛ばされる。次の瞬間、赤ひげ先生は叫ぶ。「しまった、腸が出てきた」。そして保本医師は卒倒する。手術の様子も珍妙だし、台詞も唐突で不自然。

もうひとつ、ハァ~? と脱力させられたのは、赤ひげ先生が遊郭の少女を救出するため、10人以上もの用心棒を素手でやっつける場面。次から次へとゴロツキの関節をバキバキねじって、大乱闘。でも赤ひげはまったくの無傷。浮きまくってますよ、このシーンも。

もう一点いえば、黒澤ヒューマニズム映画でコンフェッションが多用されているのもちょっとね。“過去語り”はノイズが捨象された純粋説明。「説明するな、描写せよ」というではないか、と失礼ながら巨匠に対して大胆なツッコミをかましてしまった。

▼参考サイト
CinemaScape-映画批評空間-の新町華終によるコメント
Taejunomics「赤ひげ診療譚とコーポレートガバナンス」

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コメント

>不謹慎かもしれないが、この映画で吹き出した瞬間がある。

別に不謹慎ではありません。
映画館で見ていれば必ず笑いが起こるシーンです。
この後の保本の失神も含めてここは観客に笑ってもらう事を意図してるわけで
逆にシーンとして見られたら、黒澤監督はがっかりしたでしょう。
おそらく、シリアスな映画という先入観から不謹慎などと思われたのでしょうが
黒澤はよく、シリアスな場面にギャグの挿入というのは常套手段として
よくやってます。
「天国と地獄」の刑事の「顔」をネタにした台詞になどにもよく現れているのではないでしょうか。

大乱闘のシーンもその後のシーンの台詞からわかるように、笑いを意図したシーンです。違和感もあって当然。
「脱力」というのが私にはよくわかりませんが、ここも映画館でなら赤ひげの超人的な強さに大爆笑というシーンです。

ぜひ、一度映画館で他の観客と一緒に見る体験をされると「赤ひげ」の見方も違ってくると思います。

投稿: いき | 2007年10月17日 (水) 21時28分

>いきさん
コメントをありがとうございます。
映画館なら大爆笑だったのですか!
監督とファンとの“お約束”なのかな。
上映館があれば、ぜひ足を運んでみたいです。
保本の失神が笑いの場面だということは、40年ほど経ったいまもよく分かりますが、
「しまった、腸が出てきた」という台詞はグロい笑いですね。

投稿: 畑仲哲雄 | 2007年10月18日 (木) 02時41分

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