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2007年10月31日 (水)

青空文庫10周年

Azbtn_2情けない。重大なことを見過ごしていた。インターネット利用者なら誰でも気軽に利用できる電子図書館「青空文庫」がことし7月7日に10周年を迎えていた。先日、東京新聞の記事を読み、恥じ入った。祝電ならぬ祝メールを送れなかった。10周年を記念して、青空文庫は、作品一式を収録したDVD-ROM付き冊子『青空文庫 全』を、約8000にのぼる全国の図書館に寄贈したそうだ。すばらしい!

青空文庫 Aozora Bunko http://www.aozora.gr.jp/

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2007年10月29日 (月)

HAL、回復基調

HALはまだ1日2回の投薬は続けているが、ずいぶん元気になってくれている。散歩もOKだし、きのうはトリマーさんにシャンプーもしてもらった。完全な回復までもう少し・・・かな。今回はアップの写真を中心に掲載します。

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2007年10月28日 (日)

缶ポーションは中身が黄色

ワンコのHALが体力を取り戻しつつあるのに反比例して、私がダウンした。どうやら軽い風邪のようだ。体がだるく、頭と喉の痛みのためM研の新歓コンパは参加できなかった(涙)。面白そうな研究をしている人がたくさんいるのに、残念でならない。気分転換に、とコンビニで缶入りポーションを買った。だが、どうもパワーが回復したように思えない。というのも缶入りポーションは中身が黄色くて、前に買った瓶入りの青いポーションとはずいぶん違うのだ。やっぱり青くないとダメなようだ。できれば青いポーションを入れた「神羅社製ボトル」を腰にぶら下げて歩きたい。

サントリーのポーションPRサイト http://www.suntory.co.jp/softdrink/potion/

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2007年10月23日 (火)

CGさまさま

コンピューターグラフィックス(CG)がないとイメージできないものがいくつもある。わたしの場合、複雑系やカオスについて言葉としては聞いたことがあったと思うが、「なんだかすごいことらしい」という程度の認識しか持っていなかったが、たまたまテレビ番組で「マンデルブロ集合」なるものをCGで見た途端、ノックアウトされた。このときのショックほどではないにせよ、某局が某夜に特集したポアンカレ予想に関する番組は面白かった。

ポアンカレ予想 (フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

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2007年10月21日 (日)

HAL退院

PhotoHAL(ミニピン,メス,1歳7ヶ月)がようやく家に帰ってきた。木曜の朝から日曜日の昼まで、本当によく耐えたと思う。入院はもちろん、点滴やバリウムなどすべて初めての体験だった。病院に迎えに行くと、ぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶまで回復したもよう。むろんまだ本調子ではないにしても、ひとまずホッ・・・わたし的には最大級のホっとニュースです。たくさんの方に「HALちゃんだいじょうぶ?」と声をかけていただき、心配してもらい、わたしもHALも幸せ者です。ありがとうございます。

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2007年10月20日 (土)

HAL、バリウム飲む

OchawanHALは元気が戻ってきたように見えた。だが、今夜も家に連れて帰れなかった。食べては嘔吐していて、点滴で水分を補給しなければならず、何かあったときのため、念のためもう一泊することに。きょうはバリウムを飲んでレントゲン撮影をした。間隔を置いて撮影された写真を前に、獣医さんが説明してくれた。バリウムは胃から小腸、大腸へときちんと流れていて、消化器に問題があるのではないかという疑いは排除された。だが、本当の原因は分からずじまい。帰宅後、HALの空っぽのお茶碗をぼんやり見つめ続けた。あすには戻って来るかな。

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2007年10月19日 (金)

HAL、まだ戻れず

20071019_hal_2HALはきょうも病院泊。夕方、病院に駆けつけたけれど、やはり元気がない。体の震えもまだある。ただ、血液検査の結果、痛みが激しいと言われる急性膵臓炎ではなさそう。でも、ブルブル震えるのは、痛いのをこらえているからだろう。どこがどのように傷むのか、口に出して訴えてくれれば、一晩じゅうでもさすってあげるのだけど、結局、今夜もお医者さんにお願いすることになった。獣医さん曰く「パパとママが来てくれると、ちょっと元気が戻っているようですよ」。リップサービスでもうれしい。

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2007年10月18日 (木)

HAL入院

HALがけさ嘔吐した。しっぽもうなだれたまま元気がない。心配になって獣医さんに連れて行ったら、「とりあえずお預かります」と言われた。嘔吐で脱水症状を起こしている可能性があるため、点滴をするそうだ。昨夜から震える回数が増えていた。寒くなったからかなと軽く考えていたが、獣医さん曰く「震えは内臓痛のためかも」。大幅に遅刻して職場へ向かったが、何も手がつかない。

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2007年10月16日 (火)

戦争体験と人間観・社会観

Haenoou中上健次の作品でたびたび登場してきた「蠅の王」(時に「蠅の糞の王」)という表現のルーツが、英国の作家ウィリアム・ゴールディングの作品であることは知っていたけど、なぜだか手が伸びなかった。たまたま本屋で出会わなかったこともあるが、醜悪でおぞましい内容であることは容易に想像できたし、中上の“秋幸三部作”のなかで「蠅の王」と形容される主人公の父(浜村龍造)像があまりに印象深かったということも原因の一つだ。しばらく忘れていたところ、大塚久雄先生の「ロビンソン的人間類型」から、ふと思い出してしまった。

ウィリアム・ゴールディング(1975)『蠅の王』平井正穂訳、新潮文庫(原題:Lord of the Flies, 1954)

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2007年10月13日 (土)

池に落ちた犬

古来から、池に落ちた犬を叩くという表現がある。政治的なイデオロギーか、故事成語か、いったいなにが原典なのかは知らないが、いずれにせよ、伊勢の赤福は今、池に落ちた犬のような状態にある。製造日を偽装してJAS法に違反したとして、農水省から行政指導を受けた。途端、連日連夜、叩かれ続けているわけだ。細かいミスや問題はあるかもしれない。ただ、三重県はこれまで赤福に対し「食品衛生法に違反はなく、商品の品質に問題はない」とお墨付きを与えてきたわけで、過去の食品メーカーによる「偽装」とはわけが違う。

食品衛生法には違反せず 県、過去に「問題ない」と伝達 (伊勢新聞 2007/10/13)

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2007年10月11日 (木)

「国民」を意識した夜

亀田三兄弟の次男・亀田大毅選手が世界王者に挑戦して敗れた。国民的アンチヒーローとしてのキャラ作りに余念のないボクシング選手のようですが、王者・内藤大助選手に負けてしまいました。ワンちゃんの散歩の直前にテレビを付けたら、大毅選手が内藤選手の体を持ち上げているところだったので、へんなルールで戦っているんだなあと感心したのですが、やっぱり反則技だったようです(爆)。内藤選手は試合後のヒーローインタビューで「亀田に黒星をつけて、国民の期待に応えた」と語っていました。試合前の記者会見で、大毅選手が「負けたら切腹」と豪語したのに対し、内藤選手は「国民のために」を掲げていたそうです。笑ってしまったのは私だけでしょうか。

[ビフォー] 「負けたら切腹」と亀田大 WBCフライ級戦調印式 (47NEWS 2007/10/10 17:48)
[アフター] 内藤が亀田大に大差判定勝ち 最年長防衛 (47NEWS 2007/10/11 21:04)

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2007年10月10日 (水)

老けもん系

51png2mp7pl_aa240_老人を主人公にした物語はズルイと思ってきた。年寄りの回想シーンは甘く美しくデフォルメされ、病気や体の不自由さは読む者/見る者にもどかしさを強要する。何よりも死を想起させるのはインパクトが強すぎ。だから私は安易な「老けもん」が好きではない。にもかかわらず、ついつい読まされてしまうから腹立たしい。研究やら仕事やらで一年ほど“ベストセラー小説”なるものから遠ざかっていていたが、犬が登場するならと手を伸ばしてしまったのが『白い犬とワルツを』。数年前の売れ筋だそうだ。

テリー・ケイ『白い犬とワルツを』新潮文庫、1998

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2007年10月 9日 (火)

アプローチは違えど、悩みは共通?

先日、CSM(Civic Society Media)研究者のプレゼンを拝聴する機会があり、さまざまな実践を基礎づけ、理論化していくことの難しさをあらためて教えられた。その人はメディア研究者であるとともに実践家でもあり、わたしの領域とは部分的に重なるものの、アプローチが若干違う。だが、理論を接合していく困難には共通点が多く、この手の研究のしんどさを思い知らされた。

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2007年10月 8日 (月)

日式スパゲティの原点

Photoランチどきの汐留・新橋をぶらぶらしていると、ナポリタンスパゲティを食わせる洋食店が大繁盛しているのを見て愕然とした。L25やHanakoやHotPepperなどを持ち歩いているような若いOLも少なくなかった。だれもが口元を真っ赤にしながらナポリタンをすすっているのだ。その瞬間、心の底からじぶんを恥じた。

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2007年10月 6日 (土)

首相発言はパブリックじゃないの?

低い目線で人間の弱さを自嘲気味に嗤う石原壮一郎さんの芸風に、シンパシーを感じている。ニンテンドーDSを持っていないので、大人力検定は受けていないが、TBSのポッドキャスティング「小西克哉 松本ともこ ストリーム」 コラムの花道『月刊!大人気ない発言』はつとめて聞くようにしてきた。ただ、10/5(金)はちょっとなあ・・・と思った。内容が悪いのではない。記者会見で安倍首相の言葉を流さないのは、杓子定規的事なかれ力が発揮されすぎてるんじゃないのでしょうか。

石原壮一郎「月刊!大人気ない発言」、小西克哉 松本ともこ ストリーム-コラムの花道10/5(金)、TBSラジオ

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2007年10月 4日 (木)

ロビンソン的人間類型

00431381近代とは何かについて、これまで様々な角度から学問のメスが入れられてきた。近代人がじぶんたちの“起こり”を知ろうとすることは、じぶんが座っている座布団の裏側を座ったまま調べるようなことではないか。そんなことをふまえた上で、最近おもしろいなあと思ったのが、大塚久雄先生のロビンソン的人間類型。デフォーの小説に登場するロビンソン・クルーソーの行動をつぶさにみていくと、当時のイギリス社会の変容とロビンソンが近代の経営者としての資質を備えていることがわかる。

大塚久雄(1977)『社会科学における人間』岩波新書

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2007年10月 3日 (水)

1歳半、まだオテンバ

Photo_2Photoわが家のHALも1歳半の成犬年齢になった。人間の年齢でいうと20歳から22歳に相当する。しかし、散歩のときにご近所のワンコと出会うと、ついつい興奮してピョンピョン跳ね、「まだ赤ちゃんなのかしら?」と笑われるし、トリマーさんからは「キャピキャピね」と笑われる。・・・・ちょっと恥ずかしい。はやく淑女犬になってほしいのだけど、お転婆街道まっしぐら。ま、それはそれで可愛いのだけど。

左の写真は、あたらしいベッドのなかでくつろぐHALの姿。右はわたしのパソコンの壁紙。どアップの写真に癒されています。

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2007年10月 2日 (火)

予言は当たってほしいよね

ネットでIT系の話題を調べていると、繰り返し語られるワンパターンのフレーズに出会うことがある。何かの出来事や現象が人口に膾炙する前に「○○はもう終わった」や「○○2.0」だ。前者には、オレってするどくない?と言いたげな自己顕示系の人がちらほらいるように思える。後者は、あえて付和雷同して遊んでます的な人も見うけられる。まあ、どうでもいい部類のお遊びといえる。だが最近、もうひとつのクズ・フレーズに遭遇した。というか、これまでからもよく見聞きしていたので、あらためて確認したと言うほうがいい。そのフレーズとは、、、、

「成功しないでしょう。○○は○○の重要性を理解していないから」
(「重要性」の代わりに「カルチャー」や「本質」などかなり大胆な言葉が使われたりもする)

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2007年10月 1日 (月)

公衆に期待しない

9784760131693じぶんたちをじぶんたちで統治するため、わたしたちはデモクラシーという社会のルール/手続きを採用している。政府・国家の暴走を憲法によって規制し、少数の為政者ではなく総体としての国民が統治者として“君臨”するのがデモクラシーの本義。だが、産業が発展し、複雑化の一途をたどり、膨大な人口をかかえる大社会(Great Society)において、公衆(Public)はホンマに“統治者”たりうるだろうか。そんな根源的な問いを、W.リップマンは1920年代に立てていた。『世論』に続いて出版された“The Pnantom Public”は公衆への幻滅を説く。修論執筆時は原著をちょびちょび拾い読みしただけだが、同志社の河崎さんの訳を読み、あらためて考えさせられた。

リップマン,ウォルター(1927=2007)『幻の公衆』河崎吉紀訳、柏書房
Lippmann, Walter (1927) "The Phantom Public", Library of Conservative Thought

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