戦争体験と人間観・社会観
中上健次の作品でたびたび登場してきた「蠅の王」(時に「蠅の糞の王」)という表現のルーツが、英国の作家ウィリアム・ゴールディングの作品であることは知っていたけど、なぜだか手が伸びなかった。たまたま本屋で出会わなかったこともあるが、醜悪でおぞましい内容であることは容易に想像できたし、中上の“秋幸三部作”のなかで「蠅の王」と形容される主人公の父(浜村龍造)像があまりに印象深かったということも原因の一つだ。しばらく忘れていたところ、大塚久雄先生の「ロビンソン的人間類型」から、ふと思い出してしまった。
ウィリアム・ゴールディング(1975)『蠅の王』平井正穂訳、新潮文庫(原題:Lord of the Flies, 1954)
面白いなあと思うのは、近代の英国で生まれ育った少年たちが、自分たちなりにルールを作り、ヘゲモニー争いをし、ときにサンクションを発動する共同体を形成するという虚構をを、ゴールディングがたくみに想像していることだ。作品の内容以上に、ゴールディングの社会観、世界観、人間観のほうに興味をひかれる。
ゴールディングはオックスフォード大学から第二次大戦に従軍し、ヨーロッパ戦線に配属された。彼と同じ時期に生まれた作家にオーウェルがいる。オーウェルは植民者側としてインドに生まれ、英国で学んだのちビルマで過ごしたことが、彼の虚構世界形成に大きな影響を与えたと言われている。
戦争という尋常ならざる過酷な環境が、表現者たちになにを見せつけたのかを知るという視点で作品を読み返すと、新しい発見がありそう。研究とはそれほど関係ないかも知れないけれど、時間があればまとめ読みをしたい。
参考:秋幸三部作は以下の通り
中上健次 『岬』 文芸春秋, 1976 → 小学館文庫
中上健次 『枯木灘』 河出書房新社, 1977 → 河出文庫
中上健次 『地の果て至上の時』 新潮社, 1983 → 小学館文庫
※中上は戦争を体験したわけではないが、彼が作品のなかに生み出した「路地」という小さくて濃密なコミュニティと、そこに生きる人間の聖賤混淆の物語を追い求め続けた作家として出色です。
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