ロビンソン的人間類型
昔の商人はリスクを厭わない冒険家と同じような存在で、ロビンソンも当初は冒険の旅に出るが、運悪く無人島に流される。そこでロビンソンは父の言い伝えを思い出しながら、近代人として生まれ変わっていく。すなわち逆転満塁ホームランや必殺技・真空跳び膝蹴りを狙うのではなく、知恵を働かせてリスクを抑えつつコツコツと持続的に収益を上げるという近代的理性にもとづく商売の基本を切り開いていくのである。大塚先生はこれを「ロビンソン的人間類型」と呼ぶ。
面白いのは、近代のとば口に生きた作家デフォーが描いた虚構のなかに、近代人の実像を見つけたという視点。だが、こうしたロビンソン的人間類型がもたらしたもののひとつが、勤勉で合理的な植民地支配だったりしたのではないか。未開の地には怠惰な人間が暮らしているという自文化中心主義にもつながりかねな発想とも地続きのような、、、
この本は大塚史学の道案内として最適。マルクスの人間観やウェーバーの人間観なども含めて興味深く、ちゃんと古典を読もうという気を起こさせてくれる。
| 固定リンク
「sociology」カテゴリの記事
- ジャーナリズム界における「鳥とバードウォッチャー」の関係(2024.11.12)
- 2020年に観た映画とドラマ(備忘録)(2020.12.29)
- 新聞書評『沖縄で新聞記者になる』(2020.05.19)
- 記者たちの省察~『沖縄で新聞記者になる』を書いて(2020.03.30)
- 『沖縄で新聞記者になる:本土出身者たちが語る沖縄とジャーナリズム』出版しました(2020.02.17)
「history」カテゴリの記事
- 疋田レポート50年 ジャーナリズム倫理をめぐる遺産(2025.08.16)
- 2020年に観た映画とドラマ(備忘録)(2020.12.29)
- 戦没新聞人の碑とカメジロー(2019.02.14)
- 戦後70年に読む手塚作品(2015.08.19)
- 「市民社会」がかつて含意したもの(備忘録)(2011.02.21)
この記事へのコメントは終了しました。












コメント
今、明治後期の婦人雑誌について調べています。後『婦人画報』を刊行する近時画報社を起した矢野龍渓という人物は、ジャーナリズムが近代化していくその場面での重要人物だったようですが、彼が『ロビンソン・クルーソ』を愛読していたそうです。
投稿: Ami | 2007年10月 7日 (日) 13時31分
>Amiさん
矢野龍渓さん情報をありがとうございます。
「ロビンソン・クルーソー」といえば、わたしたちは童話の延長として読みましたが、明治の人たちには教養小説だったのかもしれませんね。
恥ずかしながら矢野龍渓さんの名前は存じ上げませんでした。
投稿: 畑仲哲雄 | 2007年10月 7日 (日) 21時43分