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2007年10月 2日 (火)

予言は当たってほしいよね

ネットでIT系の話題を調べていると、繰り返し語られるワンパターンのフレーズに出会うことがある。何かの出来事や現象が人口に膾炙する前に「○○はもう終わった」や「○○2.0」だ。前者には、オレってするどくない?と言いたげな自己顕示系の人がちらほらいるように思える。後者は、あえて付和雷同して遊んでます的な人も見うけられる。まあ、どうでもいい部類のお遊びといえる。だが最近、もうひとつのクズ・フレーズに遭遇した。というか、これまでからもよく見聞きしていたので、あらためて確認したと言うほうがいい。そのフレーズとは、、、、

「成功しないでしょう。○○は○○の重要性を理解していないから」
(「重要性」の代わりに「カルチャー」や「本質」などかなり大胆な言葉が使われたりもする)

影響力のある論者がこういう「予言」を連発すると、言葉が独り歩きして、本当に「成功」させなくしてしまう危険性がある。だって、予言者はじぶんの予言が当たってほしいと願うし、予言者のファンたちも予言が成就してくれることで、ファン心理を満足させようとするだろうから。だけど、その無責任な予言が、「成功」の阻害要因になり、「失敗」に導くすれば、ちょっと怖い。・・・・これって、ロバート・マートン先生のいう「予言の自己成就」(self-fulfilling prophecy)というやつじゃないか。

ところで、先人の言葉が現代社会にも十分適用でき、一種の「予言」に思えることがある。たとえば、小説『フランケンシュタイン』などは、かなり昔の作品なのに、現代の臓器移植やバイオテクノロジーの到来を予見し、その問題点の一端をえぐり出しているように感じられる。こうした示唆的な作品が「予言」に思えるのは、現在の読み手の内面で生じている心理作用であり、メアリー・シェリー自身は予言をしたわけでも何でもない。私たちにそういう気持ちを起こさせたからこそ、シェリーは偉大。

それにしても、昨今の予言屋は、事態や環境が単線的に進展すると確信し、風が吹けば桶屋が儲かる式の言説が多い。可能な未来像は無数にあり、わたしたちは計算量爆発の問題に直面したりもするのに。ましてや、「○○を理解していない」とか「分かってない」という程度の、願望にも似たワンパターン思考が「根拠」だとすれば、世迷いごとを通り越している。当たり前のことだが、未来は分からない。だから文筆家は軽々に「予言」すべきではないのである。

未来を見通せるという人(予言者)がおこがましく思えるのは、<予測者=全能/周囲=無能>という立場が固定化されているからだ。同じような思考停止であっても、まだ「○○は終わった」「○○2.0」とか言って遊んでいるほうが、ノーテンキで微笑ましい。

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