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2007年11月 7日 (水)

容赦のかけらもない文芸映画

La_pianisteこのところ主題が明瞭で箇条書きで論点をパキパキ抜き出せそうな映画ばかりを見過ぎたようだ。たまに文芸映画を見ると思考が凍り付いて、ただ笑ってしまうしかないような事態に陥る。この映画もそんな作品のひとつ。原作はオーストリア人で2004年のノーベル文学賞受賞者、エルフリーデ・イェリネク。難解というよりも厄介。苦手な人もたくさんいるだろう。見終えたあとのポカーンをどうにかしてくれ、なんちゃって。

ミヒャエル・ハネケ監督 『ピアニスト』 (La Pianiste, The Piano Teacher [eng], 仏・オーストリア, 2001)

Benoit_magimel_piano_teacher_la_pia牽強付会を恐れずにいうと、ヨーロッパにも世間ライクな感覚はあるはずだ。日本のコンテキストでいう世間というよりも、むしろ世間体というべきか。外向きの姿とは違って、他人の目に映っている自分の姿を想像したうえで構成する自意識とでも表現できようか。最後の場面で主人公はそうした意識を抹殺したのかどうか、正直よくわからない。

主人公は、名門ウィーン国立音楽院のピアノ科の教授。厳格な母親と二人暮らしをしている。ある意味において未成熟な中年女性。名前はエリカ。内側に抑圧してしまったものの、じぶんでどうすることもできない欲望や劣等感が、若くて美しい恋人の登場によってかき乱されあふれ出す。公と私、ウチとソト、虚栄と恥辱、音楽という制度、母親との共依存、教育の暴力、教える/教わるという縦関係の転倒、ジェンダー、構築物としてのセックス、抑圧と解放、親密圏と公共圏・・・いろんなことを考えたが、頭の中がちーっともまとまらん。直視するのがつらい人間のいやな部分をミヒャエル・ハネケという人が次から次へと見せつけに見せつけてくれたからだろう。

主演のイザベル・ユペールの体当たり?演技に頭が下がった。よけいなCGなどを使っていないがゆえ、映画ならではの表現が随所に見られて本当に良かった、、、いや恐ろしかった。

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コメント

>ある意味において未成熟な中年女性。

 結局、映画も文学も、登場人物、作品が示している状況、作者など製作サイドのいずれかに感情移入できないとついていけないようです。

 コーンウェルの女性検視局長スカーペッタシリーズを読んでいても、展開を楽しみつつ、どこかで共感できない、「厄介」だなあと感じています。

投稿: schmidt | 2007年11月 8日 (木) 09時27分

>Schmidtさん
 スカペッタ局長になったんですか!一介の検死官からずいぶん出世したのですね。島耕作ばり!
 感情移入については、まったくその通りですね。『ピアニスト』の登場人物に思い入れを抱くことはできませんでした。でも、見ないほうが良かったかと自問すると、かならずしもそうではないから文学って不思議です。

投稿: 畑仲哲雄 | 2007年11月 8日 (木) 11時23分

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