自由のジャーナリズム/善のジャーナリズム
仙台に本社がある河北新報社が22日に開催した「ITフォーラム コミュニティーと地域SNS」に参加した。河北新報社はニュースサイト「Kolnet」の兄弟サイトとして、2007年4月17日に、SNS「ふらっと」をオープンし、地方新聞社ならではの活用法を模索している。今回のフォーラムの目的も、地域SNSの可能性を考えること。驚いたことに、参加者に占める若い人の割合が高かった。毎日労組が開催した12月3日の集会は著しいグレツル現象に見舞われて気の毒だったけど、河北のフォーラムには希望が感じられた。スタッフのやる気が違うのかも。
SNS活用で地域に力 仙台でITフォーラム(河北新報 Kolnet, 2007/12/22 23:38)
河北新報ITフォーラム「コミュニティーと地域SNS」詳報((河北新報 ふらっと, 2007/12/26)
フォーラムは、第1部が東北大学大学院情報科学研究科の関本英太郎教授による基調講演「市民が情報発信する意味・メディアリテラシーの現場から」。第2部がパネルディスカッション「わたしの地域SNS」。関本さんは、東北大学でメディアリテラシーの研究や実践に取り組む「メディア研究機構」を立ち上げ、じつに面白い取り組みを展開している。マイ副指導のM先生ともお友だちのようで、世間は狭い。
関本さんの話で印象に残ったのは、(1)メディアリテラシーは、メディアが発信する情報を批判的に読み解く能力を高めることにとどまらず、自らメディアを使って情報発信することまで射程に収めているのに、後者が省略されやすいこと、(2)関本さんの理論的背景が、ハーバーマスやフィヒテなどの公共性をめぐる思想であること、(3)市民メディアの実践は燎原の火のように拡大していること--など。もともと美学専攻でドイツ文学を教えていたが、学生に触発されてメディアリテラシーにハマったところが面白い。伝えることは最高の学習というのは至言。先生と呼ばれることを嫌う気さくで面白い人だった。関本さんが取り組む「市民づくり」は本来は地元マスメディアが主体的にはたす使命のはず。河北さんはパートナーに恵まれているなあ、と思う。
パネラーの1人、大久保朝江さんはNPO法人「杜の伝言板ゆるる」の代表理事。エライ人かなと思っていたら、これがめちゃめちゃパワフルで面白い人。こういう人がいると周りの空気がパっと明るくなって、みんなが元気になれる。宮城県のNPO活動が活発な理由は、このキャラによるところが大きいのではないのかな。大久保さんが話していた、自己統治をする気概に満ちた市民やNPOスタッフづくりは、関本先生の「市民づくり」と重なる。打ち上げのときに「地域を善くすることを目的にしたジャーナリズムがあってもいいと思いませんか」と水を向けると、二つ返事で「賛成!」と言ってくれた(お酒が抜けたら覚えてないかも)。
もうひとりのパネラー米本正広さんは、IT企業の部長さんで、ふらっとの街角ブロガーの一人として泉区を担当している。その地に暮らす住民の視線で街を伝えることの楽しさ、難しさを教えられた。米本さんの話で面白かったのは、(1)町内会の回覧板がどこかで止まってしまう現象が起こっていること、(2)学習塾の送り迎えのために渋滞が頻発している地域がある--などのリポート。堂々たるスクープやんか。夕刊の1面トップですよ。ジャーナリズムというのは、プロの専管事項じゃないことを示す典型例。さすがやね。
正義や公正さをベースにしたリベラルなジャーナリズムと、コミュニティに善をもたらそうとするジャーナリズムが並び立つのではないか--そんな予感ががした議論でした。
▽関連リンク
・河北新報のSNS「ふらっと」 http://flat.kahoku.co.jp/
・杜の伝言板ゆるる http://www.yururu.com/
・ふらっと街角ブロガー http://flat.kahoku.co.jp/sub/machikado/index.htm
・河北新報WEB日誌「技術が人を変える?」 http://blog.kahoku.co.jp/web/archives/2007/12/post_146.html
・河北新報ITフォーラム「コミュニティーと地域SNS」詳報 http://flat.kahoku.co.jp/sub/it_forum/index.htm
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コメント
「地域を善くすることを目的としたジャーナリズム」ってとても気になります。私も「地域を(犬を飼う人間にとって)善くしよう」と一時期活動していたのですが・・・犬を飼っていない人には理解されない部分もありました。
それと「地域を善くすること」に関してジャーナリズムとメディアはどう違うのですか?
投稿: Ami | 2007年12月25日 (火) 00時33分
>Amiさん
Amiさんとは研究領域が近いようで微妙に視点が違うようなので、わからないエントリになったかもしれませんね(ーー; ごめんなさい。
ジャーナリズムは、国家などの権力からの自由、表現の自由、報道の自由など、広い意味でリベラリズムを標榜するイデオロギー&実践ではないかと思います。
ただ、リベラリズムを絶対視するのはどうか-という議論がかつて欧米で巻き起こり、公正さや正義という価値よりも、善(共通善)のほうがいいぞ一派も現れました。そんな論争を横目で見ていると、善のジャーナリズムというのもありじゃないかと思った次第です。あくまでも、3分間シンキングなので、、、、、
愛犬家のコミュニティと、嫌犬家(?)のコミュニティを結ぶのは難しそうですね。ところで、修論のほうはいかがですか?
投稿: 畑仲哲雄 | 2007年12月25日 (火) 09時18分
無知ゆえの見当違いの質問に丁寧にお答え下さり、ありがとうございます!
多分私は「ジャーナリズム」というものにある程度「思想」的な匂いを感じていて、それを基本にすることを地域全体の方々に納得していただけるのか?という疑問を感じたのだ、とハタさんの回答を拝読して自己分析しましたが、いかがなものでしょう。
修論は、あと一息のところまできています。
ご相談した「量」の方は何とかクリア、あとは「質」ですが、これが問題ですね(汗)
投稿: Ami | 2007年12月25日 (火) 12時17分
>Amiさん
ぼくの完全な誤読でした。
おっしゃるとおり、ある「思想」をジャーナリズムに紛れ込ませることは、みんなの納得を得られるものではないと思います。この点、複数のイデオロギーが競い合うように発行されている欧州の新聞のほうがいいですね。金太郎飴のような新聞がいくつあっても多様性は確保できないですから。
それはさておき、なにはともあれ、修論がんばってください!
一段落されたら、お茶でもしましょう。可能ならキャンパスにワンコを連れて行きます(^^)
投稿: 畑仲哲雄 | 2007年12月25日 (火) 16時01分