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2007年12月29日 (土)

参加デモクラシーについての備忘録

個人的な思考メモです。無視してください。
討議デモクラシー(ハーバーマス)は2つの回路からなる。ひとつは制度的プロセス。議会による議決に基づく。法治国家だからね。もう一つの回路は市民社会の意見形成プロセス。こちらは討議倫理に基づいて出される意見に基づく。ハーバーマスは後者が前者に正統性を与えるという。前者のメインステージが議会であるとすれば、後者の舞台は・・・・いわゆるところの「市民的公共圏」ということになるのだと思うが、それはどこにあるのか。ないとすれば、具現化する仕組みは・・・・??

市民社会に熟議民主主義を実装するための戦略と戦術はどこにあるのだろう。そもそも市民社会なるものはあるのか。いかにして生み出すのか。社会のグランドデザインのようなものを見据えないまま抽象的な観念操作をする意味があるのか。それとも、実践者はたくさんいて、試みの芽はいたるところにあるのに、わたしが気が付いていないだけなのだろうか。

〈インスティチュート〉が公共性よりも商業性を重視し、自らエスタブリッシュメントを自認してしまえば、物理的な多数者である「下流」社会と接合できなくなってしまう。それでもノブリス・オブリージュの自覚があれば、世俗の権力に対する対抗勢力としての振る舞いはできるだろう。しかし〈インスティチュート〉が既得権益を守るだけの利権集団に堕せば正統性を失う。望みは読者-記者という〈人的要素〉だけ。そこにディタッチメントが生じればもはや回復不能となる。

根拠なき新技術への予期は危く、〈インスティチュート〉に対する批判のための非難も益がない。しかし、「市民」への過度の期待も同時に危ういかもしれない。うーん、わからん。

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