『ボラット』とスカッグスとジャーナリズム
映画館に足を運ぶことができずDVD化されるまで待たされた作品のひとつに『ボラット(Borat)』がある。この映画を観て思い出したのが、小林雅一の『隠すマスコミ、騙されるマスコミ』で紹介されているジョイ・スカッグス(Joey Skaggs)である。笑いの質や方向性は違うけれど、両者ともマスメディア・ジャーナリズムの構造と機能を利用し、「善良」な市民や「一流」の報道機関を嗤おうとする点で共通する。ちょっと悪趣味だけど。
ラリー・チャールズ監督、サシャ・バロン・コーエン製作『ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習』(Borat: Cultural Learnings of America for make benefit glorious nation of Kazakhstan、米、2006)
小林雅一(2003)『隠すマスコミ、騙されるマスコミ』文春新書
『ボラット』はユダヤ系イギリスの人気コメディアンが、カザフスタン国営テレビ局の記者に扮してドタバタ旅行を続けながら、一般的なアメリカ人が内面に閉じこめている差別心やエスノセントリズムを引き出していく、明と暗の二重お笑いムービー。ジャーナリストの「ボラット」は、アメリカの文化学習取材と称してジョーク教室の先生、ロデオ大会のカウボーイ、銃器屋のオヤジ、車のディーラー、フェミニズム運動家、マナー教室の先生……をインタビューする。
その中でボラットが発する言葉(不正確ですが→)「ユダヤ人から身を守る銃をくだサーイ」「ジプシーをひき殺す車はアリマスカ~?」「女は男より脳みそが小さいのに教育をする必要があるのですカ~?」など下品な言葉をぶつけ、反応をカメラに収める。取材に協力した人たちはどこにでもいる「善良」なアメリカ市民。遠く離れたカザフスタンで放送されるという気安さ(つまり米国人の目には触れない)という前提で取材に協力している。このため、アメリカ国内では大っぴらに言えない言葉や態度がボロボロでてくる。まあ、騙された人たちも気の毒だが、カザフスタンもお気の毒。ボラットとカザフスタンとは何の関係もないんだから。(下品な言動や所作の数々と、陳腐なストーリーは省略)
ボラットが茶化した対象が「善良」なアメリカ市民であったのに対し、スカッグスが毒を吐いた対象はマスメディア事業体・・・つまりテレビ局や新聞社だ。スカッグスはボラットのように役者としてドタバタを演じるわけではないが、もっともらしい嘘のプレスリリースを送りつけたりして、右往左往するジャーナリストを小馬鹿にする。スカッグスは自らしかけた数々のだましを「メディアアート」という表現行為と称しているようだ。騙された側はみっともないので、それを隠したがる。お気の毒なのは、迅速正確や公正さを売り物にしている「一流」報道機関とその読者・視聴者。なんともお気の毒である。
著者の小林は、かつて「ホットワイヤード」で連載をしていたようで、そのときのエッセーが別サイトに転載されている。その中から、スカッグスがCNNをまんまと騙した例を以下に抜粋する。(騙されていたりして・・・! こわ)
裁判自動化コンピュータ(1995年) 米国で一流科学者150人が協力して、裁判を自動化するスーパー・コンピュ ーターを開発した。これを使えば、どんな難解な裁判でも、瞬時に正確な判決を 下す事ができる―――こう聞かされても、半信半疑の方が多いかもしれない。 しかし国際的に名高いCNNが、トップ・ニュースでこれを報じたとしたら?結論 から言えば、この話は全くのでっち上げだ。 しかしこれを真実としてCNNが報道したのは、本当の話である。
■参考
・Borat 公式サイト http://movies.foxjapan.com/borat/main.html
・ジョイ・スカッグス公式サイト http://joeyskaggs.com/
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コメント
トラックバックの申請どうもありがとうございます。
承認させて頂きました。
私はアメリカに住んでいるので、アメリカがいかに偏見に満ちた国かと体で認識しています。笑。
こういう風刺物はアメリカ人大好きだけど、日本人としては・・・。
これからもどうぞよろしく♪
投稿: mahalobunny | 2008年1月20日 (日) 02時34分