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2008年1月15日 (火)

銃社会と『猿の惑星』

Ape昨夜、寝る直前にテレビを点けると、CSで『猿の惑星』が放映されていた。ほとんど終盤部分だったので、つい最後まで見てしまった。ラスト部分のシーンがみごとに決まっているという記憶があったからだ。子供時分になんども見た作品だが、大人になって見たのは初めて。あらためて見ると、いくつもの発見があった。

フランクリン・J・シャフナー監督 『猿の惑星』(Planet of the Apes、1968、米)

【ツッコミ】
・猿語は英語
チャールトン・ヘストン演ずる宇宙飛行士テイラーが不時着した星では、猿が英語を話している。なんで言葉が通じるのか。テイラーは、猿が英語をしゃべってる時点で、「なんや、ここは地球やがな」と感づくべき。また、ジーラ博士都コーネリアス博士が握手やキスをした瞬間、テイラーは「欧米か!」と頭をピシャリと叩くべきだっただろう(ちょっと古いか!)。

・過剰な武器技術
猿たちは銃器を使っているが、どこで製造しているのかさっぱり分からない。映画の舞台は小さなコミュニティのようだが、製鉄所とか火薬工場とかがありそうに思えない。猿たちが、科学技術の一部を人類から受け継いだとしても、弾は切れる。どこで作ってるのだろう。そもそも、あの程度の素朴な社会で、銃のような武器は必要なのだろうか。ゴリラの腕力プラス鞭、棍棒で十分じゃないの? 紫式部がMSワードで「源氏物語」を書いているような気がする。

【ナットク】

・進化論/反進化論
コーネリアス博士は猿世界に現れた進化論者で、宗教界のリーダーから迫害を受ける。米国の生物学を教える先生たちの困難を表している。いまも米国には進化論を否定する人たちがかなりいる。(参考:米国人の48%は進化論を否定[スラッシュドットジャパン]) この映画が公開された1968年から、バイブルベルトのみなさんは世代交代したと思うが、あまり変わってないようだ。

・全米ライフル協会
チャールトン・ヘストン演ずる宇宙飛行士テイラーは銃が大好き。頼れるのは銃だけ。最後に金髪美女を馬に乗せて猿社会から逃げていくときも銃と実弾を要求する。コーネリアス博士が取り組む科学的論証には興味を抱かず、とにかく猿めがけて撃ちまくるのが印象的。ところで映画『華氏911』『ボウリング・フォー・コロンバイン』 では、ヘストンが全米ライフル協会会長として登場し、マイケル・ムーア監督から追及されている。ヘストン氏が銃所持の権利に拘るのは、猿に捕らえられていたときのトラウマが原因であったということが分かった。

ちなみに『猿の惑星』は、ティム・バートンが2001年にリメイク版を作った。こちらはラストのシーンが自由の女神ではなく、リンカーン似の猿像が出てきて、一体なにを批判しているのか分からなかった。それにしても、人類の象徴となるものが、どうしてNYとかワシントンなんだよ。なにわ版『猿の惑星』をリメイクするとすれば、ラストは太陽の塔または通天閣。テイラー飛行士の最後のセリフは「なんでやねん」または「どないやねん」。

追記

『猿の惑星』が公開された1968年には、『2001年 宇宙の旅』も公開されていた。アポロ11号が月面着陸に成功したのは1969年7月20日である。ソ連では1972年に『惑星ソラリス』が公開され、翌73年に日本で『日本沈没』が上映された。そういう時代だったのですよ。

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コメント

 いやあ楽しかった。こういう風に書くんだね。映画に関する文章って。

 いつかまねしてみよう。

投稿: schmidt | 2008年1月16日 (水) 12時37分

>schmidtさん
 すこし悪ノリしすぎました(汗)
 細かい点を脇に置くと、この映画、当時の米国批判としては出色のできばえですよね。いい意味でも悪い意味でも、アメリカ社会とアメリカ人の世界観をうまく表現しています。40年を経たいまも、あいかわらず米国は銃社会&自文化中心主義ですし。

投稿: 畑仲哲雄 | 2008年1月16日 (水) 13時51分

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