『情婦』は秀逸な法廷サスペンス
「情婦」などという単語はATOKでは変換してくれないく。それくらい古めかしくおぞましい表現である。広辞苑では「いろおんな。かくしおんな」、大辞林では「妻以外の愛人である女、内縁関係にある女」などと説明されている。岩波の「日本語表現辞典」には〈情女〉のグループがあり、「側妻・妾、ラシャ洋妾、妾、二号、権妻、お手付き、れこ、色女、思い者、小指、囲い、愛妾、寵妾、寵姫、御部屋様、手懸け、側室 囲い者、籠の鳥、お手付け」などの表現がズラーっと並んでいる。谷崎潤一郎ワールドである。
だがしかし、この映画は三角関係の痴情がもつれた場面がいっさいない、骨太な法廷サスペンスである。なぜなら、原題を直訳すると「検察側証人」なのだから。ウィキペディアでは、「ミステリーの女王アガサ・クリスティが自らの短編小説を戯曲化した同名作品を、巨匠ビリー・ワイルダーが映画化した」と説明されている。
映画の主人公はマレーネ・ディートリッヒ演じるクリスチーネでもなければ、タイロン・パワー演じるレナード・ヴォールでもない。主人公はチャールズ・ロートン演じる老弁護士ウィルフリッド卿で、退院後間もないウィルフリッドは葉巻が吸いたいあまり、ある事件を請け負う。このウィルフリッド弁護士と、彼の健康状態を気遣う女性看護師ミス・プリムソル(エルザ・ランチェスター)との掛け合いが微笑ましい。さすがワイルダー。
シドニー・ルメット監督の『12人の怒れる男』(12 Angry Men)が、ふつうのひとを陪審員にさせパブリックな問題に触れさせることで、市民としての使命を果たさせることの意義を描いているのだとすれば、『情婦』は陪審員ではなく、法廷弁護士(barrister at law)の使命と、法に先行する人々の自然なルールの大きさが描かれているようで、とても好感が持てた。
もしもわたしに邦題を付け直すことが許されるならば、ディートリッヒを主体にした『証言台の女』とか、『処刑』といった路線でいくか、老弁護士を主体にした『だからバリスターはやめられない』みたいなふうにしたい。
| 固定リンク
「law」カテゴリの記事
- ドキュメンタリー評『揺さぶられる正義』(2025.08.28)
- 疋田レポート50年 ジャーナリズム倫理をめぐる遺産(2025.08.16)
- 2020年に観た映画とドラマ(備忘録)(2020.12.29)
- 最近みたドキュメンタリー映画(2012.05.01)
- 引用と剽窃と立松さん(他山の石)(2010.02.12)
「cinema」カテゴリの記事
- ドキュメンタリー映画『手に魂を込め、歩いてみれば』そして、『ネタニヤフ調書』(2025.12.07)
- ドキュメンタリー評『揺さぶられる正義』(2025.08.28)
- 2020年に観た映画とドラマ(備忘録)(2020.12.29)
- 議論を誘発する『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』(2020.08.20)
- 3・19 那覇で新刊トークイベント(2020.02.21)
この記事へのコメントは終了しました。












コメント
そうですねえ。ビリー・ワイルダーさまのおかげで映画を楽しむこつをつかめたような気がしています。
『だからバリスターはやめられない』に1票!
投稿: schmidt | 2008年5月 9日 (金) 10時32分
>schmidtさま
ワイルダー作品はどれも骨太な感じがします。とりわけ本作は、サスペンスの教科書を見ているような気がしました。
だから映画はやめられない、ですね。
投稿: 畑仲哲雄 | 2008年5月 9日 (金) 13時55分