『市民ケーン』とハースト創業者

アメリカ映画に登場する新聞社オーナーのなかで最強最悪の人物は『市民ケーン』主人公チャールズ・フォスター・ケーン Charles Foster Kane だろう。ケーンを表象するキーワードは、権力欲、金銭欲、名誉欲、色欲、そして紙面の私物化といったところか。ケーンが経営する新聞社と新聞紙のキーワードとしては、センセーショナリズム、スキャンダリズム、コマーシャリズム・・・。いずれにしても民主主義や市民社会にとって害悪でしかない。キャプラの『スミス都へ行く』に登場する鼻持ちならない新聞社オーナーは架空の小悪党だったが、ケーンのモデルとされる人物は、米メディア・コングロマリットのひとつハースト Hearst Corporate の創業者ウィリアム・ランドルフ・ハースト William Randolph Hearst! ウェールズは、ハチのムサシのように、どえらいオヤジと闘ったのである。
ほどばしる才能と実行力、勝ち目のない相手に立ち向かう反骨精神。ウェールズがこの作品を撮ったときの年齢が25歳だったということも信じがたいが、この作品を絶賛したのがフランス映画界で、アメリカであまり評価されなかったことも驚き・・・いや悲しみかもしれない。ちなみにウェールズはこの作品を作りにあたり、ハーストのことを相当調べていたのだが、それが映画のなかでケーンのことを熱心に調べ歩くジャーナリストの姿と入れ子構造となっている。ケーンはメディアを私物化して気に入らない人物を排撃するが、この作品に対してハーストたちが反対運動を起こしたことも相似形となっている。平凡社の世界大百科は「映画はハースト系の新聞の総力をあげての圧力と妨害によって大都市主要劇場での上映をキャンセルされ,批評家やニューヨークの観客の間では好評だったが,興行的には惨敗」と書かれている。
1925年にはウェールズの言論表現を弾圧したハーストの会社は、その後もも順調に成長し、現在では「サンフランシスコ・クロニクル」など15の日刊紙、「コスモポリタン」など19の米雑誌と20の英雑誌、26のテレビ局、20のビジネス情報サービス……などを展開している。一方のウェールズは、その後も映画制作に意欲的に取り組んだり役者として活躍したりしたが、やはり「市民ケーン」の一件でハリウッドから一度、干されてしまったことが大きく、お金にはいつも苦労していた。だから英語の通販教材「イングリッシュ・アドベンチャー」で小金を稼いだりしていたのだろう。
本作品をめぐっては、カメラワークなどの撮影技法や編集の斬新さなど脱政治化された解説や分析が数多くみられるが、表現の自由をめぐる抑圧と抵抗のせめぎ合いについてのポリティカルな言説をそれほど見かけない。もう終わった過去の話だからだろうか。
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