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2008年7月 1日 (火)

『アパートの鍵貸します』にみる都市生活

PhotoVidor_the_crowdJacklemmonshirleymaclaineapartment1960年のアカデミー賞6部門を獲得したビリー・ワイルダー監督の『アパートの鍵貸します』は、申し分のない名作である。骨太なプロットのなかに、ロマンス、不倫、疑惑、裏切り、アクション、涙、笑い、孤独、隣人愛、歌、踊り…あらゆる要素が盛り込まれている。一言でいえば、お見事。ただ、2000年代に同じ映画を作るとすれば、大幅な改稿が必要になるはずだ。

ビリー・ワイルダー監督 『アパートの鍵貸します』 (原題 "The Apartment"、米、1960)
キング・ヴィダー監督 『群衆』 (原題 "The Crowd"、米、1928)
リースマン,デイヴィッド (1964) 『孤独な群衆』 加藤秀俊訳、みすず書房
タルド,ガブリエル (1964) 『世論と群集』 稲葉三千男訳、未来社

『アパートの鍵貸します』の舞台は1960年当時のマンハッタン。サラリーマンのC・C・バクスター(ジャックレモン)が勤務する保険会社は3万人の従業員を擁する巨大企業で、営業や事務のほか、電話交換手やエレベーターガールもいて、ヒロインのフラン(シャーリー・マクレーン)も、たまに管理職(男性)におしりを触られるエレベーターガールのひとりである。イケてるトレンディな職場として描かれているが、女性に門戸が開かれている職業は周縁的なものばかりだし、もっぱら管理職の浮気相手として表現される。(映画の中にはバクスター同じような仕事をする女性もいたが……) 当時はそんなものだったのだろう。

Apt4さらに、この保険会社は男女とも(白黒なので詳しくわからないが)白人ばかり。一瞬、黒い肌が登場する場面がある。それは職場で黒人少年に靴を磨かせることで管理職の地位の高さ際だたせる小道具である。米国で実質的に黒人が投票できるようになったのは1971年以降なので、まあ、仕方がないといえば仕方がない。このほか、バクスターがフランをデートに誘う場面で、“保険契約書類を見たので、あなたのキミの住所や家族構成などすべて知っているよ”というようなセリフがある。むろん、フランは個人情報をのぞき見されたと抗議をすることはない。繰り返しになるが、当時はそんなものだったのだろう。

Crowd_officeもう一点、うーんと唸ってしまったのは、保険会社のオフィスの光景。ホワイトカラーの下級職の職場は壁も仕切りもない。大勢の社員が整然と同じ方向を向いて、8時半から5時半までひたすら計算機を操って事務作業をする。工場労働と変わりないホワイトカラーの描かれ方は、1928年のキング・ヴィダー監督『群衆』に出てくるオフィスと同じである。『群衆』は、経済合理性を追求する大企業によって規格化・商品化される都市労働者の孤独と、そんな人々に苦悩から目をそらしてくれる娯楽産業の怖さを告発している点でラジカルだ。また、この時期の社会科学では都市についての研究がなされており、リースマンの『孤独な群衆』はその典型といえよう。

映画を見終わって、大都市における生活様式の著しい変化についてあれこれ考えていたわたしの横で、同居人が「ラブホは偉大だ」と言った。メンチョになれ!

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コメント

>米国で実質的に黒人が投票できるようになったのは1971年以降なので、まあ、仕方がないといえば仕方がない。

 シドニー・ポアチエの「夜の大捜査線」と「招かれざる客」が1967年ですからね。たかだか40年。そういう意味でも「オバマ」の意味は大きいです。

 この間、日本の社会では何が・・と考えたくなりますが、やめることにしましょう。

投稿: schmidt | 2008年7月 1日 (火) 17時52分

>schmidtさま
 そうですか。ポアチエの「夜の…」と「招かれ…」が67年でしたか! 40年後に黒い肌の大統領候補が喝采を集めていることは、あまりに遅いような気もしますが、当時のポワチエさんはどう思っているでしょうね。
 ところでアフリカン・アメリカン差別でふと思い出したのですが、マイルス・デイビスが音楽を担当した『ジャック・ジョンソン』という映画は公開は、実質的に投票権を勝ち取った71年でした。このレコードに収録されている映画のセリフは今も忘れられません。

"I'm Jack Johnson - heavyweight champion of the world. I'm black - they never let me forget it. I'm black alright, I never let THEM forget it!"

投稿: 畑仲哲雄 | 2008年7月 2日 (水) 12時13分

 ロックに行っちゃったマイルスですね。

 「ジャック・ジョンソン」のような作品は、今では見たくとも見ることができません。

 どこかにあるんだろうか。若いときにもっと見ておくんだったと思うことが、最近多いです。もちろん地方に住んでいたので、思うようにはいかなかったはずですが。

投稿: schmidt | 2008年7月 2日 (水) 18時07分

>schmidtさま
 そうですね! マイルスが「ロックに行っちゃった」時期って公民権運動の昂揚期だったのか。マックス・ローチやアビー・リンカーンとずいぶん違う方向ですね。

投稿: 畑仲哲雄 | 2008年7月 2日 (水) 21時28分

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