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2008年9月 9日 (火)

ミハルコフ『12人の怒れる男』は法より慈悲

12wa6ヘンリー・フォンダが『十二人の怒れる男』(原題:”12 Angry Men”)を世に送り出してから半世紀。ロシアのニキータ・ミハルコフがロシア版の『12人の怒れる男』(原題:”12”)を製作した。舞台は21世紀のロシア。戦火を逃れてきたチェチェン少年がロシア人の養父を殺害したとして起訴される。今日的な素材を扱いながらも12人の陪審員が討議の後、合意に至る点はオリジナルと同じだが、底流に流れるのは〈ロシア的なるものの再興〉のように思えた。

ニキータ・ミハルコフ監督 『12人の怒れる男』 (原題:”12”、2007、ロシア)

シドニー・ルメットが監督したオリジナル版は、アトミズムに支配された大都市に暮らす私人たちが、法廷というパブリックな場で討議をして公民的徳が陶冶されるという理想論。『論座』最終号で柄谷さんが話していた「統整的理念」のようなものだ。だが、50年後にミハルコフが描いたものは、「構成的理念」。法によるjusticeと、倫理的なgoodの相克を問いかけたうえで、法というフィールドから一歩踏み出し、哀れなる無実の少年に対して慈悲を施さんとする(ロシア的な)善性を提示する。

映画の最後で「慈悲は法よりも強い」という意味の言葉が引用されているが、法の支配が徹底されていない世界では、法が解決できることに限界があり、法に前現する慈悲に戻れというのがミハルコフの世界観のように感じられた。

そこまではよい。説得力がある。しかし、映画館で買ったパンプレットに、沼野充義さんが気になることを書いている。

この映画をプーチンが激賞していて、ミハルコフがプーチンを礼賛していることだ。先月亡くなったアレクサンドル・ソルジェニーツィンもプーチンを熱烈に支持していたが、それらは〈ロシア的なるもの〉という同じ根から出ているのではないか。沼野さんはプーチンもミハルコフも、力強いロシアが周辺少数民族の「養父」になることを積極的に肯定しているのではないかと分析する。

善と独善とは別物である。この映画をチェチェン人の何割が支持するだろう。チェチェン人のいったい何割がロシアに「養父」になってもらいたいと考えるだろか。そんなことを考えさせられた。


追記:2008年09月23日

すでにTBをちょうだいしていますが、あらためてリンクを紹介させていただきます。サラーム!Arisanさん

 『12人の怒れる男』(末尾追記) - Arisanのノート

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コメント

この作品は未見ですが
黒澤明の「用心棒」へのオマージュとして
犬が出てくるそうです。

対立する2大勢力の縄張り争いのおかげで荒廃した
宿場町。
その宿場町にふらりと現れた浪人桑畑三十郎。
彼が、その町に足を踏み入れたとき、最初に目にしたのが
人間の手首をくわえて走る犬の姿でした。

黒澤はこの犬に荒廃した宿場町の象徴としての
役割を与えたのだと思います。

単に絵面を真似ただけでなく、この事も意識しうえで
ミハルコフは犬を使っているはずです。
彼は日本に来たときは必ずといっていいほど
黒澤に会っており、「センセイ」とまで呼んでいたのですから。

未見なのについでに書きますが、
ミハルコフの「12人の怒れる男」のラストには
「羅生門」へのオマージュも感じ取れます。

この映画をロシアよりの立場でチェチェン紛争を描いてるというような
批判も目にしましたが、さきの「用心棒」へのオマージュから
裏読みすれば、ミハルコフは「宿場町」の争いを冷ややかに見つめる
三十郎のような視点で描きたかったのではという気もします。

でもこの「用心棒」オマージュの意味について分析してる批評は
残念ながら、ないようですね。
それほどまで、ミハルコフが執拗に繰り返して登場させたからには
「意味」がこめられていると受け取るのが普通だと思いますが。

ひょっとすると黒澤の「用心棒」を見てないのか?
いや、たぶんそうでしょうね。

ちなみに「用心棒」は米ソ冷戦を揶揄する意図もあったといわれています。

「用心棒」「羅生門」この二本を見てから、この作品を見ると
面白いかもしれません。

投稿: ととろ | 2008年10月10日 (金) 23時18分

>沼野さんはプーチンもミハルコフも、力強いロシアが周辺少数民族の「養父」になることを積極的に肯定しているのではないかと分析する。

善と独善とは別物である。この映画をチェチェン人の何割が支持するだろう。チェチェン人のいったい何割がロシアに「養父」になってもらいたいと考えるだろか。そんなことを考えさせられた。

未見だからでしょうか、私がロシア的なものに無知なせいでしょうか。
この養父になるエピソードですぐ連想したのは、「羅生門」のラストシーンです。
志村喬演じる杣売りも他人のエゴイズムを非難しながら
自分も、殺人事件の証拠品である小刀をくすねていたのです。
彼もまたエゴイズムから逃れることはできない、普通の人間でしかないのです。
しかし、彼はエゴイズムの何が悪いとうそぶく男によって
着物を剥ぎ取られた
捨て子の赤ん坊を引き取って育てることを決意して
映画は終わります。
ここで強調しておきたいのは「養父」となる杣売りはけして「善人」ではない。
着物を剥ぎ取ったエゴイストと実は大差ない人間なのです。
そのことで彼の慈善行為がより大きい意味を持つということです。

そういえば「羅生門」も裁判映画でした。

ミハルコフが意識していたのはほぼ間違いないとは思います。

投稿: ととろ | 2008年10月10日 (金) 23時41分

>ととろさん
 黒澤へのオマージュをちりばめた作品であるというとのご指摘をありがとうございました。
 さすが、世界のクロサワですね。とても勉強になりました。

投稿: 畑仲哲雄 | 2008年10月10日 (金) 23時54分

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» [映画]『12人の怒れる男』(末尾追記) [Arisanのノート]
ミハルコフの『12人の怒れる男』をみた。 http://www.12-movie.com/ 大阪十三の七芸。 題は「十二」だが、場所は「十三」。 お客さんは満員でした。 もちろん、ヘンリー・フォンダやE・G・マーシャルなどが出演したシドニー・ルメットのオリジナル映画が有名だが、ジャッ... [続きを読む]

受信: 2008年9月18日 (木) 17時57分

» 12人の怒れる男 [とりあえず、コメントです]
名作『十二人の怒れる男』をロシアのニキータ・ミハルコフ監督がリメイクした作品です。 陪審員たちの背景と問題の認識の仕方にロシア社会の状況が見えてくる興味深い作品でした。 チェチェン人少年が養父であるロシア人将校殺害の罪で裁判にかけられた。 証拠も証言も少年の罪を確定付けており、簡単な裁判のように思われた。 12人の陪審員たちは最終的な判決を決めるために別室へと集められる。 罪が確定するのは全員一致の判決が下された時だ。 だが票決を取ってみると、一人の男が無罪に手を上げた… オリジナルも以前観たこ... [続きを読む]

受信: 2008年9月23日 (火) 12時11分

» 「12人の怒れる男」暑苦しいおっさんが怒ってます [soramove]
「12人の怒れる男」★★★★ セルゲイ・マコヴェツキー、アレクセイ・ペトレンコ他 12人 ニキータ・ミハルコフ監督、2007年、ロシア、160分 ハリウッドの名作にロシア人監督が 新しい命を吹き込んだ。 ヘンリー・フォンダの紹介では必ずこの映画の 名前...... [続きを読む]

受信: 2008年9月26日 (金) 07時43分

» 第六十五幕 12人の怒れる男 [ほぼ 日刊 Anthony's CAFE 1.01]
裁きの彼方に現れる慈悲   映画 『12人の怒れる男』 ロシアのとある殺人事件の裁判のお話です。元ロシア軍将校が殺害されました。 ... [続きを読む]

受信: 2008年9月27日 (土) 19時40分

» 『12人の怒れる男』@シャンテシネ [映画な日々。読書な日々。]
ロシアでチェチェンの少年がロシア軍将校だった養父を殺害するという事件が起きた。少年は第一級殺人の罪に問われ、検察は最高刑を求刑。有罪となれば一生刑務所に拘束される運命だ。審議が終了し、市民から選ばれた12人の陪審員は、改装中の陪審員室の代わりに学校の体育館... [続きを読む]

受信: 2008年10月 2日 (木) 22時53分

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チェチェン人の少年がロシア軍将校だった養父を殺害した容疑で、検察は一生刑務所に拘束される最高刑を求刑。 市民から選ばれた12人の陪審員は全員一致の評決が出るまで審議することになった。 すぐにも有罪が確定されると思われたが、陪審員1番だけが異議を唱える。 人の一生をこんなに簡単に決めてしまっていいのかと…。 社会派裁判ドラマ。... [続きを読む]

受信: 2008年10月 3日 (金) 19時29分

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