ガッテン!秩序と専制のトゥリアーデ(備忘録)
講義形式の第1日から第7日と、仮想の質疑応答を記した場外補講でできている。第1日から第7日までは、井上編著『自由・権力・ユートピア(新・哲学講義7)』(1998)の再掲載だが、10年前の内容がちっとも古びていないことがすごい。しかし本書の最大の魅力は、ビア・ホールにおける先生と学生による問答だ。かなりワクワクしながら読み進めることができた。
第1日 アルバニアは英国より自由か
第2日 自由の秩序性と両義性
第3日 自由概念の袋小路
第4日 秩序のトゥリアーデ―国家・市場・共同体
第5日 専制のトゥリアーデ―全体主義・資本主義・共同体主義
第6日 自由の秩序の相対性と普遍性
第7日 世界秩序をめぐる討議
場外補講 リベラリズムにおける自由と正義の位置
ただ、国家、市場、共同体のチェックとバランスが肝要であるぞよと説かれても、現実の世界は複雑に込み入っていて、そのバランスをどこで取っていいのかもわからない。そんなぼんやりした疑問について、ビア・ホールでの質疑応答が答えてくれた。
本書では、第4日目に「秩序のトゥリアーデ」が、第5日に「専制のトゥリアーデ」が説明されている。秩序形成原理である国家、市場、共同体のどれか1つが異常肥大して、他を圧迫するようになった「病理状態」を専制のトゥリアーデと呼ぶ。1つめは、国家権力が肥大した全体主義的専制。2つめは経済権力が国家や共同体を圧迫する資本主義的専制。3つめは、中間共同体が対内的にも対外的にも異常な統制権をもつ共同体主義的専制と説かれている。
連続講義を聴講した根本という名の架空の学生は、ビア・ホールで井上先生に厳しく噛みついている。
秩序のトゥリアーデの議論は結局、自由の保障手段に関わっており、それによって保障されるべき自由とはいかなるものかについては何も述べていないと思います。その結果、権力分立論を拡張したという国家・市場・共同体の抑制均衡モデルの均衡点がどこにあるのか分からない。井上さんは、均衡は現実にはどの社会にも存在せず、それぞれの社会で均衡はそれぞれの異なった仕方で崩れており、そこから異なったタイプの社会病理が生じているとし、秩序のトゥリアーデは、かかる病理を専制のトゥリアーデという視覚から批判的に分析するための虚焦点みたいなものであるとしています。しかし、虚焦点にせよ理念的指針たるべき自由の概念が明確にされていないため、批判の哲学的根拠がどこにあるのかが見えてきません。(p.109)
これに対する応答の一部は、こうだ。
もちろん理想的到達点(←均衡点のこと)はないにしても、国家が市場や共同体を浸食して専制化しているとか、市場が専制かしているとか、共同体が専制化しているとかいった風に、拮抗が破綻した状態について語ることはでき、私も語りました。そのような判断はそれぞれの社会の文脈的諸条件に依存しますが、それと同時に判断の原理的指針となる価値理念も必要です。(p.114)
細かい点は省いてざっくりいうと、自由の概念はそれがバーリンのいう積極的自由であれ消極的自由であれ、脆弱で袋小路に陥りやすい。これを救うため、普遍的正義理念を召還し、ロールズの弱点を補強しつつ正義論のさらに強化しようというのが先生の狙いのようだ。その根幹にあるのが、「自己と他者の普遍化不可能な差別の排除」というわけ。これが「無知のヴェール」や「格差原理」への非難を跳ね返せるのだろうか。
リベラリズムの根本的な価値理念は自由ではなく正義だという点もガッテンした。それによって、「他者からの自由」から「他者への自由」に成熟できるらしいが、本書のようなダイジェストっぽいものではなく、『共生の作法―会話としての正義』(創文社、1986年)、、『他者への自由―公共性の哲学としてのリベラリズム』(創文社、1999年)
、『現代の貧困』(岩波書店、2001年)
、『普遍の再生』(岩波書店、2003年)
、『法という企て』(東京大学出版会、2003年)
を読んだほうがよさそうだ。
この本は脳の虚弱体質を自認するわたしには栄養価が高いので、備忘録として書いておきたいことはほかにもいろいろあるが、それらは後日追記するとして、今日はこのくらいで。
それにしても、本書に出てきた「凡庸の専制」はナイスな表現。大企業や役所で蔓延していそう。小心なくせに私欲だけ強くて、計算高い凡人たちが権力と資源を独占してエラそうにしてませんか?
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