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2008年10月 6日 (月)

困った人をめぐる倫理問題

Safety_b01公共の場で、突拍子もない行動をして周囲を驚かせる人と遭遇することがある。昨夜遅く、仕事帰りの大江戸線に乗り込んだときもそうだった。すこし離れたところに座っていた女性が、じぶんの踵で座席下の金属板を何度も蹴って騒音をたてていた。わたしは両耳をイヤフォンで塞い目を閉じて座っていたので、最初は気づかなかったのだが、なんだかすごい音がするので目を開けると、他の乗客たちの視線が、異常行動の女性に注がれていた。きわめて倫理学的な情況だと思った。なんか、カフカの小説の一幕のような。

20代前半のこざっぱりした女性である。ヤンキーでもないし、酔ってクダをまいているわけでは決してない。ふつうなのだ。ただ、だれに目を合わせるでもなく、うつむき加減の体勢で座ったまま踵で金属板を断続的にガンガン蹴る。騒音は鳴りやまない。当初は眉をひそめていた周囲の乗客たちもチラ見する程度で、われ関せずのポーズで押し黙る。空気が少しずつ凍り付いていく。わたしは少し離れたところに座っていたので、彼女が何かしゃべっているのかどうかは聞こえなかったが、ようすはよく見えた。

さて、どうするか。

A案。注意しに行く。「止めなさい。周りの人に迷惑じゃないか」など、丁寧に注意することはできる。それこそオッフェ?の「責任ある行為」かもしれぬ。ただ、それを言いに行ったとしても、「その通りですね。もうやめます。ご迷惑をおかけしました」などと素直に聞き入れてもらえる見込みは、ありそうに思えない。むしろ逆ギレされて、面倒なことに巻き込まれかねない。こっちは疲れて帰宅する途中なのだ。面倒なことになるのは嫌だ。

B案。車掌あるいは駅員を呼びに行く。「困った乗客がいるので、どうにかしてください」。素人が関与するよりも、おそらくそうした情況にも対応できる人に任せるほうが適切だろう。もしA案にもとづいて注意しに言き、そこへたまたま車掌が通りかかった場合、2者間のケンカに間違えられる危険性もある。私のために進んで証言してくれる人が何人もいるとは思えない。ならば、最初から施設の管理責任がある電鉄会社に対処してもらうほうが安全である。これを採用するべきだろう。

C案。いや、やはり注意しに行くべきだ。公共の場の平穏を乱している人に注意のひとつもできない社会はダメ社会である。あまりに情けない。せめて「うるさいなあ」「いい加減にしてよ」くらいの声を上げて、じぶんたちの意思表示をする覚悟が必要だ。わたしもかつて、大阪の国立民族博物館ではしゃいでいた中学生か高校生かに「静かにさらせ。ここ、どこやと思ぅてけつかるんじゃ」と、叱ったことがある。相手がどう応じるかではなく、まず私たちの社会はそういう振るまいを容認しませんよ、と意思表示することが重要で、それをするのは責任ある大人の務めであるはず。見て見ぬふりをすれば、あとで後悔する。よし、やるぞ。

D案。待て待て、早まるな。もし、わたしが叱りに行ったとこで、女性の行動がエスカレートしたらどうするのか。一時的におとなしくなったとしても、その後にさらなる異常な行動を誘発する危険性もある。C案はじぶん勝手かもしれない。もしも、女性がいったんは電車を降り、次にやってきた列車に身を投げでもしたら、わたしは一生悔いることになる。今回のケースは、博物館で騒ぐ悪ガキを教育として叱るのとは違う。女性の行動は社会性の欠如というよりも、病気のせいである可能性がかなり高いのである。

……などと、われながらヘタレ思考をめぐらせている間も、女性は金属板を蹴り続け、騒音を立てることを止めようとしない。女性は他者に危害を加えているわけではない。器物損壊の可能性もあるが、まあ、マナー違反という程度のものだ。グレーゾーンに見える。地下鉄は2-3分おきに駅に入るので、若干の乗客の入れ替えはあるが、すくなくともこの車両に足を踏み入れた人はみな、倫理学的事態に巻き込まれ、試されてしまうのである。

と、そこへ、その女性が突如立ち上がり、こんどは中吊り広告の紙をバリバリとむしり取った。女性は再び座り直し、紙を細かく破り散らかしはじめた。これはあきらかな器物損壊。破った紙片を足下にばらまくのである。騒音はしない。だが、その行動の異常さに、周りの緊張はいっそう高まっていく。

すると、真向かいに座っていた中年の男性が立ち上がって、女性の前に立って「やめろよっ!」と注意した。だが、女性はお構いなしに、手で紙片を引きちぎり、まき散らし続ける。「止めろ、って言ってるだろーが!」。男性は女性の手から中吊り広告の紙をもぎ取ろうとした。ただし、もみあいのような情況にはなっていない。

男性は床に散らばった紙のいくつかを拾い上げて、「片づけろ」と女性の目の前に突きだした。このとき女性なにかを口走っていたようだが、わたしには聞こえない。男性の「暴力はふるっていませんよ」という声だけが聞こえた。やがて電車は次の駅に到き、その男性は降りていった。だが、女性は紙を破って散らかす行為を続けた。

ある意味、規範的なふるまいをした男性は、他の乗客の意志を代表していた。迷惑を感じていた人たちはにとって、男性が女性を叱責したことで溜飲を下げたかもしれない。だけど、それだけであった。女性は迷惑な行動を続けたし、勇気ある男性がいなくなった車内はさらに静まりかえり、女性の行動だけが突出して目立った。とても嫌な空気が車内に漂う。

次か、その次の駅で、女性は電車を降りた。やれやれ、とわたしは目を閉じ、このたびの事態を振り返ろうとした、その瞬間、ガーン!!!!というものすごい音がしてびっくりした。目を開けた瞬間、女性の姿は見えなかったが、周囲の人のささやきを総合すると、迷惑女性が止まっている車両に全速力で体当たりをしたか、何かを力まかせに叩きつけたようなのだ。すごい一撃。女性の行動は確実にエスカレートしている。だが、電車は走り出し、その後、その女性がどうなったのか、知りようがない。

なんか、とっても悲しい。

こういう経験は胸の奥で澱のようになってしまうんですよね。

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コメント

E案
非常通報機を積極的に使う

頻繁に電車が遅れる

遅刻しても言い訳になる

時間に追われない日本になる

その女の病気が治る

猫が目の病気になる

ネズミの数が増える

投稿: | 2008年10月 8日 (水) 17時14分

F案
ネズミの数が増える

困ったコメントが書き込まれる

コメントに応答するのに腐心する

ネタを考えるため地下鉄に乗る

困った人と遭遇する

困った人から熊本蜜柑と明太子のお菓子をいただく

ありがとう

投稿: 畑仲哲雄 | 2008年10月 8日 (水) 20時48分

時系列ダウト

困った人と遭遇する

困ったコメントが書き込まれる

F案が書き込まれる

自分はネズミなのか困った人なのか悩む

左の検索フレーズランキング1位の性器占いをやる

のあなたは、強さと危険が隣り合わせな人。 普段ゎ気を引き締めているけど、それが緩むと大変な事に!! 誰にも止められません(**)

投稿: | 2008年10月15日 (水) 20時11分

通りすがりに失礼します。

私ならと考えると、95%何もしませんが、その音があまりにも気に障ったら、その女性の近くで何かを思い切り蹴ったりして、それ以上の音を出してびびらせようとするかもしれません。何の前触れもなく、その前も後も何も言いません。自分でもつくづくひどい奴だと思います...。

まじめに考えると(無駄かも知れませんが)やさしく「どうかしたんですか?」と話を聞いてあげるのが正解だったのかなあとも思います。
自分ではそんな事、性格上出来ませんが。

それにしても、管理人さんはどの記事も深い洞察ですごいですね。
マジレスすみませんでしたー。

投稿: | 2008年10月25日 (土) 03時52分

>通りすがりさま
 コメントをありがとうございました。エントリを読んでいただき、「自分でもつくづくひどい奴」と思わせてしまうほどに、この問題は根が深いのでしょうね。

 「やさしく「どうかしたんですか?」と話を聞いてあげるのが正解だったのかなあ」というのは、わたしも同じ思いです。ただ、その一歩がなかなか踏み出せない。

 変な行動をする人物と遭遇したとき、わたしたちがショックなのは(1)ふだんなら心の奥底で眠っている異常性がむき出しの状態になっている(2)その異常性が暴力という形になって自分に及んでこないかどうかという心配になる--ということではないでしょうか。

 電車内では、泥酔状態で大声を張り上げたり、嘔吐や粗相をしたりする人がたまにいます。そんな彼ら彼女らはも迷惑な存在ですが「たんなる酔っぱらい」と判断できるので、どうってことはない。だけど、唐突な異常行動の場合は、その人がどういう状態にあるのか判断つかないから厄介なのですよね。

 ものすごい殺人衝動にかられているとか、妄想に苦しめられているとか、異常行動をしたときの周囲の反応を学術的に調べているとか、失恋かなにかで自暴自棄になっているだけとか・・・

投稿: 畑仲哲雄 | 2008年10月25日 (土) 09時27分

>畑仲さま
わざわざお返事恐縮です。

いや、曲がった事は大嫌いな割に、容赦がないというただの「ひどい奴」なんです。
素晴らしいフォローですねw

しかし稀な場面に遭遇されましたね。さぞかし気まずかったでしょう。
仰るとおり、普段日常で身の危険を感じる事に慣れてないからこそ、いざ遭遇してしまうと衝撃的なんでしょうね。危険を覚悟して電車に乗っている人なんてまずいないですから。得体が知れない、予測できないってのは本当怖いです。

>異常行動をしたときの周囲の反応を学術的に調べているとか
そんな人がいたらめちゃくちゃ面白いです!
共犯者の観察者が近くで冷静にメモしてたりして。うわーw

まあ、少なくともこうして人々の話題に一時的であれ取り上げられること自体には、一定の価値があるような気がします。人の振り見て我が振り直します。
失礼しましたー!

投稿: ゆーじ | 2008年10月26日 (日) 02時40分

D案ですね。わかります。

投稿: | 2008年10月26日 (日) 23時28分

>ゆーじさん
 ありがとうございます。また遊びに来てください。

>名無しさん
 はい、D案です。多くはD案ですよね。でも、どうもパっとしないでしょ?

投稿: 畑仲哲雄 | 2008年10月27日 (月) 01時26分

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