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2008年10月15日 (水)

『宇宙消失』にみる量子論のふしぎ

Quarantine『日本以外全部沈没』を書いた筒井先生でも、『宇宙以外全部消失』というのは無理だろう。ただ、イーガンの『宇宙消失』は宇宙が消えるわけではない。原題“Quarantine”が示すとおり、人類が隔離され、宇宙が消えたかのように見える近未来世界を舞台にした小説で、量子論の知識がないとつらいハードSF。この種のSFを読みたくなるのは、量子論になぜか惹かれるものがありながら、勉強するだけの能力がないことへの代償行為だと思う。

グレッグ・イーガン (1999) 『宇宙消失』 原題: Quarantine 創元SF文庫

量子論といえば、「シュレディンガーの猫」とか、トンネル効果とか、スリットを使った光の干渉のアレとか、量子コンピュータが現在のコンピューター技術を完璧に凌駕してしまうのだとか、加速器で陽子や中性子をぶつけると小さなブラックホールができて地球が飲み込まれるんじゃないかとか、はっきり言って文系人間の想像を絶する学問なのである。もっとも腹立たしく、もっとも魅力的なのは、量子論が人間の身体感覚とはまったく相容れない理解を強いる点である。

ずいぶん前に量子論SF『タイムライン』で、クライトンが描いた世界は、〈時間〉が必ずしもリニアに流れているものではなく、なんというか、同じ空間のちょっと隣の見えないところに、何百年も昔や未来の世界が同時に存在しているという、時空の偏在性のようなものが語られていた。ただ、クライトンのSFはエンタテインメントのため量子論の知識は不要だが、イーガンの『宇宙消失』では観測効果、波動関数の拡散/収縮などの言葉を聞いたことがないとしんどい。かくいう私も前野昌弘さんの(色物ではない)解説がなかったら、無理だった。

わたしたちの世界は、あり得べき無限ともいえる可能性の中から、たった一つの世界だけが選択されている。それは人間の観測によってひとつの世界が選択されているということになる。ただし、どのような世界が選択されるのかは、人間の恣意で決めることはできない。

シュレディンガーの猫の寓話は、危険な箱に閉じこめた猫の生死が観察者が観察するまで決定されず、観測したことではじめて生か死かが決定されるというものわけの分からないものだ。量子論的な理解では、ふたを開けるまでは猫が生きている状態と死んでいる状態が重なって同時に在ると認識されるのだけど、やっぱり人間の身体感覚からほどと遠い。

『宇宙消失』は、あり得べき無限の可能世界をみずから選択でき、選択しなかった(つまり消失させられた)世界の記憶もほじする変な人間(エイリアンの可能性も)をめぐるサスペンスなのだけど、そんな作品がなぜ早川の『SFが読みたい! 2000年度版』1位なのかもよくわからない。

量子論について、何も知らないけれど、それでも人間が認識できる世界は狭くてちっぽけであることくらいは想像できる。私たちの目や耳が感じられる波長はものすごく狭いし、人生だって星の一生に比べると誤差の範囲といえるほど短い。人間にとっての世界は、しょせん、人間の知覚が観察できる狭い範囲のモノにすぎず、異世界のエイリアンが認識する世界や宇宙はまったく違うものかもしれない。

そもそも自我なんてものを信頼していいのかという気もする。じぶんの人生経験だと思っていた記憶が、けさ目覚める直前にだれかによって注入されたものではないという保証はどこにもないし、そもそも「われ思う故」にあるはずの「われ」が本当に在る確証はどこにもなく、暫定的に在るいう前提でしか生きられないのが今のわたしたちの生活感覚ではないだろうか。

もっといえば、他人にじぶんと同じような心はあるのだろうか(心理学の領域ですね)。何割かの子供が妄想にふけるという独我論は、論理的に破綻しない完璧に閉じられた論理だが、そんな存在論的な問いを小さな子供が抱くというのは、そうとうに妙な話ではないか。映画『トゥルーマンショー』は人間の認識の頼りなさを突きつけていたように思える。あ、話が横道にそれた。

というわけで『宇宙消失』のような作品は、文系のわたしには一知半解以前なのだが、妙に興味をかき立てられるのです。

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