« 社会学の「まなざし」 | トップページ | 罪と『隠された秘密』 »

2008年11月25日 (火)

『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』 の源流

Therewillbebloodこの作品をめぐっていろんな深読みがなされており、その一方で、やはり映画そのものについて語るべしという真っ当な意見もある。映画の原作となったシンクレア『石油!』を読んでいないくせに深読みをするのは滑稽だが、あえて妄想してみたい。わたしの感想は、この作品の底流に大恐慌時代のアメリカで盛り上がった社会主義的な思想が脈打っているのではないかということ(そして、主人公を演じたダニエル・デイ=ルイスが植木等に似ていたということ)。ことし観たなかで最高の映画だと思う。

ポール・トーマス・アンダーソン監督 『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』 (原題: There Will Be Blood, 2007、米)

物語は、さまざまな欲望と人間不信にとりつかれた石油業者の外面的な栄華と内面の孤独や苦悩を描くというもの。主人公ダニエルは石油から得られる富に執着する一方で、息子を遺棄し、弟を抹殺する。そんなダニエルをもっとも苦しめたのは、油田が眠るコミュニティに暮らす貧しい人々から崇められている若い牧師。ダニエルは事業という私利のため、表面的に牧師に屈服しコミュニティの一員となる場面がある。これが結末への大きな伏線となる。

観終わって気がついたことは、この作品には、わたしたちが規範的な価値と認めるものが皆無だということだ。登場人物のキーワードを挙げていけば、強欲、偽善、無知、主体性のなさ、怠惰、貧困、罰当たり、現実逃避……などで、正義や善といった価値を表象する人物や寓話がない。理性や知性、理想といったものも見出せない。

原作はアプトン・シンクレア (Upton Sinclair) が1927年に書いた Oil! (邦題:『石油!』)で(当然のことながら私は未読)、ポール・トーマス・アンダーソンの脚本とどれほど違うのかわからないが、大いに触発されたのではないかと思われる。シンクレアは自他ともに認める社会主義者。彼の作品は『怒りの葡萄』(1939)を書いたスタインベックと同じような、あるいはそれよりも激しく貧者への抑圧を告発する。(『石油!』の前に書いた『ジャングル』(1906) は社会悪告発小説としてベストセラーになった)

Img2_1207038924
この時代のアメリカの一群の作家たちはアメリカ自然主義に分類され、「金ぴか時代」を写実的に描き批判した。つまり社会や人間の醜い面を過度に強調したのである。プラグマティズム(実用主義などと訳されて困る!)の哲学が起こるのもこのころ。プラグマティズムとは、人間の活動は先験的な価値や理念に導かれるものではなく、人々がそれぞれの日常生活を通じて困難を解決していくなかで発展していくものという思想。雑ぱくな言い方だが、何をなし、そこから何を学んだか、すべてとする。『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』では、主人公が最後の最後につぶやくセリフがあるが、これこそ愚者のプラグマティズムかもしれない。

シンクレアはいくつかの有名な言葉を残しているが、そのうちのひとつはアル・ゴアの映画『不都合な真実』に引用されていた。

It is difficult to get a man to understand something when his salary depends upon his not understanding it.
(あることを理解しないことで生活してる人に、それを理解させることは至難の業だ)

2007年にこの映画が評価されたというのは、とても示唆的。というわけで、映画の内容についてほとんど何も語らず、という映画感想となりました。「キサマのミルクシェイクを飲みほしてやる」とかいう意味深な表現もスルーします。

最後に苦言を呈しておく。原題をたんにカタカナにするだけの邦題はやめてくれ。『ノー・カントリー』みたいに、重要な部分を切るよりはましだけど、なんとかならんか「ゼア」って。わたしが邦題をつけるとすれば、『米国一の無責任男=石油業界編』にしますけど。

|

« 社会学の「まなざし」 | トップページ | 罪と『隠された秘密』 »

「cinema」カテゴリの記事

「history」カテゴリの記事

「politics」カテゴリの記事

コメント

こんにちわ。2008年のベスト映画という評判を聞いてついさっき「ゼアウィルビーブラッド」を観終わりました大学生のmickyです。この映画の中で繰り広げられていたことをあれこれ考えていたら畑中さんのブログにたどりつきました。

ここで描かれている「石油王対福音派」という図式になにか引っかかるものを感じていました。ダニエルの冷血漢ぶりを批判する描写があると思えば、イーライ牧師の虚偽性を根本からたたきつぶしていたりで、この映画自体が一体何を表現しようとしているのか検討がつかず混乱してました。視聴者に何の善意を喚起させようとしてるのかしら、などと思ったり。

畑中さんがご指摘されてますこの映画の中の社会主義的な視線、これを考えに入れてみて、ああそうかこれは現代アメリカの経済と宗教の主流となっているものへの批判になっているんだなと思うにいたりました。ダニエルはおそらく本人すら何が楽しくて金儲けをしてるのか分かっていないし、イーライは偽りの救いを振る舞うばかりだし。この現代人と無関係とは思えない話を1920年くらいの話として描くことの意味とは、まさにこの社会主義的な視線によって現代社会に問題提起をすることにあったはず。

正直なところ僕は社会主義に全然詳しくはないのですが、この映画のアツいところがようやく分かってきた次第です。もっと勉強すればもっと本作から語れることがありそうですね。今後もそこらの映画評論よりもよっぽど面白い畑中さんの映画評論を楽しみにしてます。

投稿: micky | 2009年1月 2日 (金) 17時00分

>mickyさん
 コメントありがとうございます。この作品は、ぼくも見終わった瞬間、頭を抱えました。
 謎と答えが最後に明示されるような作品は、見終わったら1時間で忘れてしまいますが、こういう作品はいつまでも考えさせられますね。
>現代アメリカの経済と宗教の主流となっているものへの批判
>社会主義的な視線によって現代社会に問題提起をすることにあった
 まったく同感です。
 でも、全く異なる見方もあると思います。それは女性がほとんど登場しないうえ、ダニエルもイーライも女性を愛していない。いろんな意味でふしぎな作品ですね。

投稿: 畑仲哲雄 | 2009年1月 3日 (土) 08時09分

もうひとつ。僕にとって「キサマのミルクシェイクを飲みほしてやる」のくだりは、映画全体を通してほぼ唯一といえる性的なニュアンスを感じ取ってしまったセリフです。畑中さんのおっしゃるとおりダニエルとイーライの欲望は女性には向かってないし、二人の喧嘩を眺めてると何となく夫婦喧嘩のようにも見えてくるし、他のレビューサイトでは同性愛説が語られてるし

しかしそれこそ僕にしてみれば、だからなんだよ! な問題です。作品全体との関係がぜんぜんわかりません。

投稿: micky | 2009年1月 7日 (水) 17時28分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/19960/43201186

この記事へのトラックバック一覧です: 『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』 の源流:

» そこに“黒い血”が流れる―「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」 [豆酢館]
富の誘惑と権力欲の行き着く果て。 [続きを読む]

受信: 2008年11月25日 (火) 13時38分

» ゼア・ウィル・ビー・ブラッド/THERE WILL BE BLOOD [我想一個人映画美的女人blog]
アカデミー賞作品賞にノミネート、 ダニエル・デイ=ルイスが主演男優賞を獲得し注目の本作は PTAこと、ポール・トーマス・アンダーソン監督の久々の新作{/ee_3/} The Dirk Diggler Story(88) Cigarettes and Coffee(93) ハード・エイト【Sydney】(96) ブギー・ナイツ【Boogie Nights】(97) Flagpole Special(98)※ビデオオリジナル作品 マグノリア【Magnolia】(99) パンチドランク・ラブ... [続きを読む]

受信: 2008年11月26日 (水) 00時26分

« 社会学の「まなざし」 | トップページ | 罪と『隠された秘密』 »