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2008年11月17日 (月)

田母神論文公表の効用

あくまでも思考実験。もしも国民にも近隣国にも善をもたらさないと思われる国家があったと仮定して、そんな政府で働く軍人が政府見解と矛盾する言説を発表したとする。そのときの軍人の処遇はいかにあるべきか。その国家が建前としてリベラル・デモクラシー体制を堅持しているのなら、軍人の言説を抑圧すべきではないのではないか。よしんば、政府見解とは異なった意見を発表することでパブリックにダメージを与えることが明白だとしても、事前に抑制・禁止するのはよくないような気がする。田母神論文問題の内容が逆の内容であったとしても納得できる方策を探るのがリベラルな途だろう。「あの論文はイデオロギー云々のレベルに達していない幼稚なもの」という見方もあるが、それが当人にとって切実な「思想」であれば、たんに「知性に乏しい」という斬り捨ては傲慢である。こんなことを記したのは、18世紀フランスの思想家ヴォルテールの金言(本人の書き物のなかからは見つからなかったようだが)を思い出したから。

"I disapprove of what you say, but I will defend to the death your right to say it”.
あなたの意見は受け入れがたいが、あなたがそれを主張する権利は命をかけても守る

真摯に耳を傾け、一度は相手の立場に立って考え、誠実に批判する。どのような議論でも、この作法は守るべきだと思う。たとえ陰謀史観に彩られていたとしても、である。

事実関係の誤りを指摘したり、論理の危うさを批判するのはよい。でも、抹殺はよくない。彼は暴力に訴えたわけではないのだから。「中学生レベルの歴史認識。まともに相手にするのもばかばかしい」「そんな発言が制服組トップから出たことがl驚き」「隊員教育の徹底を」!「退職金をめしあげろ」的なこと *しか* 言わない社会は、やっぱりいやだ。

論文問題の論点はほかにもたくさんある。アパグループとの関係など問題点も多い。ただ、「表現の自由」について安易にスルーしてしまうと、あすにはわが身にふりかかってくる。先の大戦の責任がないと強弁し、集団的自衛権を認め、政府見解を否定する自衛隊員の発言を抹殺することは、反戦自衛官のような立場の人々の発言を同じやり方で抑圧することに通じる(起訴休職中の外交官・佐藤さんは好きなことを言ったり書いたりしているわけだし)。シニカルに構えるより、ガチンコでぶつかるべきだ。

この一件について個人的には、(いやな言い方かも知れないが)前航空幕僚長の戦争観や歴史観が公知の事実となったことはよかったと思う。すくなくとも飛び地のように閉じた空間でgroup paralyisation (集団分極化) が起こらずに済んだのだから。

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コメント

むりやりageますが、ミサイル来たら戦争っすかねー。
2つある海のどっちかに落ちればいいと思って打つほうと、
飛んでるそれに当てなきゃいけないほう。完全に不利な戦い。

投稿: @ | 2009年3月27日 (金) 20時37分

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