スタートレックと社会科学
40年以上にわたりアメリカを中心に多くのファンを釘付けにしてきた『スタートレック』シリーズについて、これまでいくつかの「学術的」な考察がなされており、邦訳もので以下のような本がある。
フェミニズム:『NASA/トレック―女が宇宙を書きかえる』(コンスタンス・ペンリー、工作舎、1998.10)
生物学 :『スタートレック生物学序説』(スーザン&ロバート・ジェンキンズ[他]、同文書院、1998.12)
科学全般:『スタートレック科学読本』(アシーナ・アンドレアディス、徳間書店、1999.4)
脳科学 :『スタートレック脳科学大全』(ロバート・セクラー,ランドルフ・ブレーク、扶桑社、1999.6)
ビジネス:『スタートレック指揮官の条件』(ウェス・ロバーツ,ビル・ロス[他]、ダイヤモンド社、2003.3)
個人的には、法律学、政治学、経済学など堅めの社会科学系がもっともっと充実すればいいのにと思っている。ただし、中途半端なトレッキーのわたしなどには到底できない。それに、40数年間の世界の状況を見据えながら、すべてのエピソードを分析していると、ほかになにもできなくなる。熱烈なトレッキーで、かつ学問的知見の持ち主でないと……
サイエンス系の書物は、科学者たちがドラマに登場する24世紀の科学技術について、可能性や不可能生をまじめに論じている点がほほえましい。『指揮官の条件』になるとピカード艦長本人が語るパスティーシュとなっており、遊び心満載である。ペンリーの『NASA/トレック』だけは、ドラマをめぐるファンダム研究であり、Kirk/Spockのスラッシュ小説文化などサブカルチャー批評として秀逸な社会学の研究書といえる。なので、一般的なスタートレックファンには「なーに言ってるんだろ、この学者は」という反発を招くかも知れないが、わたしにとっては貴重な一冊である。
ただ、わたしがもっとも読み応えがありそうだと思えるのは、24世紀における司法制度。ドラマではたびたび法廷が登場し、裁判官を前に検察側と弁護側の応酬が繰り広げられる。60分ドラマなので審理はあっという間に終わってしまう。次回期日を決めるにあたって弁護士が「その日はちょっと…」「えーっと、その日もやっぱり…」と恐縮するような場面はなく、「12人の怒れる男」みたいな陪審員もいない。判決に不服がある場合に上訴できるのかどうかもよく分からない。ただし、みるべき点も多い。なぜなら、米国の規範的な法に対する信頼が見え隠れするからだ。
DS9には流動体生物(Odo)の捜査官が変身術を使って違法な捜査をするが、TNGでは「疑わしき派被告人の利益に」という推定無罪の原則がしっかり守られていて、ご都合主義的でキテレツな技術で解決するのではない。手続き的な公正さへの期待は、今日の司法批判として読むこともできる。人権というのは24世紀においても普遍的な価値を持っているというのがドラマ制作者の世界観を構築しているというのは面白い。
政治制度としては、一般市民の社会が描かれる機会が少ないのでよく分からない。ほとんどが軍人の物語だから仕方がないのだけど、そこから想像するに、地球ではどうやらリベラルでデモクラティックな制度が保たれているようである。ただ、国家はすでに消滅し、地名としてフランスとか日本とかが登場する程度。単一の地球という単位で統治(行政)が行われているらしい。外交面で地球は、友敵関係として登場するKlingon、Vulcan、Romulan、Ferengi、Cardassians、Bajoran、Dominion、Xindi などへの内政には干渉しない方針を採っている。つまり、星ごとの主権というものを認めているわけで、かつて地球に存在した国民国家や帝国のアナロジーとみてもよいだろう。二重基準に陥りがちなアメリカの外交政策や軍事政策に対する風刺が込められたストーリーもあり、自文化中心主義的な初代エンタープライズのクルーが価値相対主義に揺れるあたりも見どころといえる。(政治体制がもっとも分からないのが、Borg、そして Q Continuum だ)
もっとも分かりにくいのは経済の仕組みである。通商行為や市場での取引は行われているようだが、必ずしもユニバーサルな貨幣が流通しているようには思えない。むしろ多文明間での通商は、基本的に物々交換が中心のように思われる。カネに異様な執着を見せるのは Ferengi で、金から生成する latinum という金属はレプリケーターで複製できないという想定になっている。カネのためならなんでもするという狡猾な描かれ方は、ウォール街への痛罵といも思えるが、DS9では立派な Ferengi も登場するから、一筋縄ではいかない。
メディア研究の視点でみれば、存在感の軽いジャーナリストがDS9に登場する。その人はシスコ司令官の長男ジェイク。彼は豪腕タイプの軍人の父親から想像もできないくらい、ふにゃふにゃした甘えん坊で、子供時代は Ferengi の少年と遊んでばかりいるが、軍人になるよりも文才を生かして生きていきたいと考える。彼としては文学作品を書きたいと思っているが、父親が司令官だからといって作家になれるほど24世紀もあまくなく、就労年齢を迎えたジェイクはとりあえず記者となりDS9で取材活動を行う。「ぼくは記者なんだよ!」を連発し、軍人世界で少なからぬひんしゅくを買うあたりも、時代を映しているようにみえる。幼なじみの Ferengi はシスコ司令官に目をかけられ立派な士官に成長しており、オヤジとしては息子が軟弱野郎になっていることが面白くない。ジェイクは最後までヘナヘナした端役で終わってしまうが、それがジェイクにとって精いっぱいの反権威的な生き方かもしれない。
24世紀の宇宙ステーションにおけるマスメディアを想像するのは難しくも楽しい。人はどうやって遠く離れた星域のニュースを知るのか。艦隊による検閲はあるのか。表現の自由はあるのか。記者会見のシーンや、立ちレポするキャスターも登場しない。うーむ。でも、電子新聞のクラシファイドに「中古フェイザー銃売ります(キズあり)3ラチナム」とか、「急募!クリンゴン語講師/やさしい性格の先生さがしてます」などが出ていたりすると、ホッとする。
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