罪と『隠された秘密』
フランスとアルジェリアは、典型的な「侵略/被侵略」の関係で、現在もフランス国内に大勢のアルジェリア移民が差別と闘いながら生きている。カミュのようなフランス系アルジェリア人作家もいるが、サッカー選手のジダンのようにアルジェリア移民二世のようなフランス人もいる。そうしたフランス-アルジェリア問題を物語の構造に取り入れ、主人公の心の傷に遠慮なく塩をすり込んでいく。
むろん、描かれているのはアルジェリア人差別だけではない。不倫や友への裏切り、他者への不信などいくつももある。DVDの特典映像に収録されていた監督インタビューのなかで、ハネケは自分の映画はすべて「罪」にこだわっていると述べている。近代を生きる私たちは罪から逃れられないというのがこの人のテーマらしい。
だが、それは自文化中心的な発想ではないだろうか。一神教の神なきニッポンには「みそぎ」という発想があり、どのような極悪非道な所業も最後は「水に流す」ことを「美徳」としてきた。神から罪を突きつけられることに恐怖を抱く経験に乏しい者(わたし)にとって、神よりおそろしいのは世間(reputation)や個人的な恨みつらみ。なので、ハネケの主題は異なった解釈をすることになる。すなわち「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや(悪人正機説)」的な解釈である。
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コメント
いろんな意味での差別問題。私も暴動の時にいろいろ調べてみましたけど、
そういう意味ではちょっと興味があります。
この監督の思想がフランスではどのように受け止められているのかも気になります。
一部の仏人は「もう十分に償ってきたじゃないか、まだ償わなきゃいけないのか」
というような意見もあると聞きます。
個人主義で意見がハッキリしている所も捨て置けないところですね。
悪人正機説てきな所も気になるところです。
投稿: mine | 2008年12月 1日 (月) 00時28分
>mineさん
差別問題は、洋の東西を問わず、時代を問わず、身近で深刻なテーマですね。
「もう十分に償ってきたじゃないか、まだ償わなきゃいけないのか」という意見は、日本でも聞こえてきます。
ただ、社会の間口の広さでいえば、フランスのほうが圧倒的に開放的。とりわけ都会では、子供が通う学校で、アフリカ系や中東系の子たちが大勢いて、みな自分のことを「フランス人」と考えているというのを、雑誌かなにかで読んだことがあります。サルコジ大統領もハンガリー系移民2世でしたよね。
投稿: 畑仲哲雄 | 2008年12月 1日 (月) 10時08分