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2009年1月 8日 (木)

地域デモクラシーと共同経済

Jinno地域経済の活性化を考えるとき、大企業の生産拠点を誘致したり、地元産品を大都会で売ったりすることがすぐに頭に浮かぶ。これは市場を通じて大きな都市や企業から富を引っ張ってくる筋道だけど、ビジネスしか目に入らなくなるのは考えもの。財政--みんなで持ち寄ったお金(税)をどうのように使うか、NPOたちの営為をどう位置づけるか。そのことを神野直彦先生の本に教えられた。

神野直彦 (2002) 『地域再生の経済学―豊かさを問い直す』 中公新書

48頁以降の「財政の理念」で、以下のことが述べられている。

ドイツの財政学者シュフレによれば、「経済社会」を2つの経済組織から構成される。それは「市場経済」と「共同経済」である。このうち「共同経済」は、自由意思にもとづく共同経済(ボランタリーセクター)と、強制的な結合にもとづく共同経済(パブリックセクター)に分けられるという。

また、ワグナーという財政学者は、国民経済を3つの組織化原理による経済から構成されているとみる。すなわち (1) 市場経済または個人主義的経済組織 (2) 共同経済組織=自由意思的結合/強制的結合の2種類= (3) 慈善的経済組織。
Kyodokeizaiわたしは以上の部分にハっとした。ほかにもハっとした箇所はあるが、とにかくここだけはメモっておきたい。シュフレがいう共同経済のパブリックセクターとボランタリーセクター。そしてワグナーの慈善的経済組織!

たしかに巨大工場の誘致に成功すれば雇用が生まれ、人々の衣食住をはじめとする付随するサービス産業が生まれ、地域が元気になる。商店街はシャッターを開けて商売繁盛になり、自治体も財政が豊かになって「不交付団体」になるかもしれない。しかし、ひとたび大企業が方針変更すれば「派遣切り」やレイオフが発生するリスクがある。しかも、そうしたリスクは国内の需給関係だけでははかれない。サブプライム問題にみられるように、グローバル化した市場では、ある日突然、富の不条理な消滅がおこり、それが小さな町村にも及ぶ。理不尽な首切りで批判される企業もあるが、グローバリゼーションのなかで発生した構造的な雇用不安を少数の企業経営者だけに帰責させるのはフェアではない。

大きな政府による集権的福祉体制に期待できない現状、地域の人々が主体的に自己統治すべく立ち上がるしかないのかもしれない。そうしなければ地域は生き残れない。そのためには、市場経済とともに、共同経済の部分を厚く濃くしていく必要がある。そのときマスメディアの、あるいは、ローカルメディアの役割が重要になってくる。地域メディアにその覚悟はあるだろうか。つまり市場の論理だけではない共同経済や慈善経済のエリアで汗を流せるだろうか。そのための下地は普段から作っているだろうか。

わたしがもっとも大切だと思うのは、地域住民が“わがまち”の運営を民主的な政治過程を通じて決定していくこと――自治への積極参加をうながすことである。たとえば市町村合併で役場や議員を失った地域のメディアは、住民自治への手助けをすることが求められる。孤立しがちな人々をつなぎ、孤立しがちな地域をつなぐ。悩みを共有し、解決のため話し合う場を提供する。それは新聞社に莫大な富をもたらさないかもしれない。だけど、意義深い仕事に就きたいという有意な若者をジャーナリストに育てる契機となろう。そんなメディア間の(ジャーナリスト間の)連携が生じればもっとよい。山谷や海川を越えて伝えあい教えあい学び会う。ローカルメディアは情報到達エリアが狭いので、オンライン上に合同サイトを設けるなどの工夫があってもよい。オンラインの場は、ビジネスよりも共有地として位置づければギスギスしないはずだ…………そんな想像が次から次へと膨らむ。

中央集権的な福祉主義ではなく、分権化された地方政府がセーフティネットを厚くすることを神野先生は財政学の立場から強調されている。そこに地域のメディアをどう連関させ、どう役立てるか。そのことを真面目に考えていきたい。思いつきの「処方箋」を書いたり、なんちゃって的な「予言」はしたくない。それこそ逃避だと思うから。

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