『シティ・オブ・ゴッド』の内と外
「度胸を試してやる。どちらか好きなほうを撃て」。命じたギャングのボスはミドルティーン。銃を手渡されたのは10歳にも満たない少年。銃を向けられて命乞いをしているのは小学校入学前くらいの2人で、すでに足を撃たれて逃げられない。恐怖と痛み。そんな通過儀礼を経てストリートチルドレンたちは成長するが、多くは成人前に殺される。コパカバーナやイパネマなどの高級リゾート海岸で有名なリオ・デ・ジャネイロに、そんな地域があることは信じがたい。そして、設定や物語も事実に基づき、演じ手たちもファヴェーラ(スラム)住民ということも驚きである。
フェルナンド・メイレレス監督 『シティ・オブ・ゴッド』 (原題:Cidade de Deus, 英題:City of God, 2002, ブラジル)
舞台は統治権力が貧民を集めて作った「神の街」と呼ばれるファヴェーラ。内部には複数の地区があり、各地区のギャング少年たちはコカインの加工と販売の利権をめぐって日々、抗争を繰り返している。そこで生まれ育った少年が主人公で、劇中での語り手でもある。
作品はたくさんのことを告発する。ひとつは「神の街」における神の不在。善悪を分ける宗教家は登場しない。法秩序もない。正義もない。血縁・地縁の紐帯もない。つまり、アノミー。物心ついた幼児にとってギャングだけがロールモデルとしてたち現れる。ぼくもはやく銃を撃ち、麻薬を吸い、金持ちになりたい…子どもたちがそう願うのは自然である。ホッブスも想像しなかったであろう世界だ。
ふたつには、もっとも残忍なギャング団が神の街のほぼ全域を支配下におさめた時期こそが、もっとも平穏であったというアイロニー。残念ながら、社会化の過程を経ないで長じる少年たちにとって、規範はひとつ。脅威となる者を殺すこと。彼らは文字が読めず、知識を吸収するすべもない。なので、老獪な政治を学ぶ契機にも恵まれない。
「度胸がない」という劣等感をもつ主人公の少年は、ある日、偶然手に入れたカメラに魅せられる。友だち。好きな女性。それらかけがえのない美しいもの撮る。いつか、こんな街から抜け出て、写真で身を立てたいと願う。その第一歩して、神の街の「外」にある新聞社でバイトをする機会を得る。物語が展開するのは、彼がファヴェーラで撮った写真を新聞社で現像してもらう場面からだ。
ギャングたちが写っていた。ギャングから「撮れ」と命じられシャッターを押したものだった。レンズをにらみ、銃で格好つけるミドルティーンたちの絵柄は、特ダネとして翌日のフロントページに。もともとスラム「外」にいた新聞記者たちは「内」に足を踏み入れなかった。なので、「内」で暮らす主人公が発言者になれば、ふたつの世界が交叉し、彼自身が媒介 ( Medium ) となる。
コミュニティに善をもたらせ!そんな説教臭はない。あるのは「外」から見えない(他者化されたり、不可視化されたり、集団分極化したり、そんな)共同体の「内」にいる者が自らを語ることの切実さ。ありのままを撮ることはナラティブを語ること。そんな日常を表現する営為は、あの「生活綴方」と同じ構造である。偶発的ながら、外と内が交叉する場に宿ったものがある。それは、いまここでこそ伝えなければならないという思いだ。意識活動としてのジャーナリズムが主人公に宿る瞬間が、主人公が貧乏なバイト君からジャーナリストとなる瞬間がラストに描かれる。
本作品は、同名の小説を映像化したものだが、小説自体は未邦訳。ポル語の先生おねがいします。たぶん小説としても良いことが想像できます。
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コメント
うーん、これはぜひ見てみたい作品です。
お久しぶりです、ご無沙汰してました。
このレビューを読んで、真っ先にとあるアニメを思い出しました。
でも最後まで読んだら違ったので‥‥それは内緒にしておきます(笑)
機会があったら見てみたいです。
投稿: mine | 2009年2月 3日 (火) 14時09分
ファヴェラとマスコミね... コミュニティーに対するステレオタイプやメディアスクラムといった、どの国にもありそうな問題もあれば、取材がギャングまたは警察に妨害され、ジャーナリストが殺害されるにいたったケースもある。複雑な事情だ、としかいえない...
「City of God」は90年代の「ブラジル映画更生ムーブメント」の一傑作。もとCM監督の初映画作品で、ビジュアルや編集がハリウッド映画やビデオクリップなどに近いこともあって、「ステレオタイプだ!」、「暴力美学の讃美」とも批判された。でも、大ブームになったことで、ファヴェラをテーマにした作品は次々と登場。同じプロジュースー会社はのちに副産物として「City of Men」というテレビシリーズと同題の後編(?)映画をだした。東京で上映中(http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD12831/index.html)だが、まだ見てない。
小説の方は、うちの大学の入試指定文献リストに挙げられていたこともあって、有名になる以前に知っていた。大筋は同じだが、フォトジャーナリストの少年が物語の軸になっているのは映画の方だけだったかな... 500ページくらいの重い一冊で、映画ではカットされたサイドストリーが多い。物語は、著者が学者の助手としてファヴェラを調査して収集した実際の話をもとにした部分がほとんど。ナラティーブは結構ジャーナリスティックなもんで、そのドライな語り方は反ってその悲惨を浮き彫りにする。ただ、スラム街のスラングがそのまま使われていて、田舎者の僕には読みにくかった。英語訳はどうなったんだろう...
ちなみに、ついこの前まで東京で上映中だった「Blindness」はFernando Meirelles監督の最新作品。日本+ブラジル+カナダの共同制作で、原本はポルトガル語作家で唯一のノーベル文学賞受賞のJosé Saramagoの作品。本を読んでいる最中だったから、結局映画は見逃した...
投稿: Fukuda | 2009年2月 4日 (水) 01時22分
>mineさん
芸術系のひとには、ぐっとくるものがあると思います。Fukudaさんのコメントにもあるように、メイレレス監督はCM出身ですので。おすすめです。それより「アニメ」が気になるな。
>Fukudaさん
コメントをありがとうございます。去年、渋谷のブラジル料理店でシュラスコを食べたときポスターをみかけて、ずっと気になっていたのですよ。たしかに傑作です。
小説のご紹介もありがとうございます。
写真家が主人公というわけではなくて青春群像なのでしょうね。研究者の助手としてファベラに入り、住民との間でラポールを築き、ナラティヴに耳を傾けつづけたことが想像されます。
ところで、『ブラインドネス』の原作って、ホセ・サラマゴだったのですか! City Of God のDVDにトレイラーがあったけどB級ホラーと思って見なかった。
話は飛びますが、自主ゼミでDVDを鑑賞して、それについて議論するようなことをしたいですね。去年、グランチャさんから貸してもらったルーマニア映画もすごく良くて、いろんなことを考えさせられましたよ。出身国の現状について、留学生の解説を聞きたいし、素朴な疑問に答えてもらいたい。国際的なゼミのよさですよ。
投稿: 畑仲哲雄 | 2009年2月 4日 (水) 12時25分