ペストフの三角形(備忘録)
4月から6回目の夏学期。春休みのうちに、財政や福祉についていくつかの文献に触れ、すこしは勉強したつもりだが、やはり独りで本を読む(斜め読み&拾い読み)だけでは理解も浅い。ただ、日本の専門家が紹介する「ペストフの三角形」のなかには、でたらめに描かれている例も見受けられたので、じぶんの備忘録として、ペストフの英訳論文を参照しながら勝手に修正した。(下記の本に登場する三角形図はちょい不正確です)
ペストフ、ビクター (2000=2007) 『福祉社会と市民民主主義 : 協同組合と社会的企業の役割』 藤田暁男[ほか]訳、日本経済評論社
ベクター・ペストフは、金沢大学に籍を置いていたこともあるスウェーデンの政治学者で、同国が福祉国家から福祉社会へと移行するための理論研究をしているようだ。福祉国家において、福祉資源の供給源とは集権的な国家で、共産主義や社会主義国家ほどではないにせよ、大きな政府が必要になる。長らく社民勢力が政権を担ってきたが、経済政策の行き詰まりや西欧型の自由主義の影響もあり、中道右派やネオリベ勢力(穏健党)が台頭。1991~94年に政権を奪われ、2006年総選挙で政権から転落した。ペストフはこうした新自由主義的傾向を危惧しているが、ここでは割愛する。
俗に「ペストフの三角形」と呼ばれる図は、1992年の論文で公表され、98年と2005年の論文にも使用されてきた。英語で “The Third Sector in the Welfare Triangle” 、日本語で「福祉トラアングルにおける第3セクター」と題される。
「福祉トライアングル」の考え方は、ペストフ以前の理論家によってすでに提示されており、ペストフは、エヴァースとウィンターバーガーが提示した福祉トライアングル(Evers & Wintersberger, 1990)と、社会秩序の相互連関を検討し、社会次元として〈公的と私的〉〈営利と非営利〉〈公式と非公式〉の3つの軸を配置して考え方を整序した。
それによると、社会秩序としての国家は〈公的かつ非営利かつ公式〉という次元、市場は〈私的かつ営利かつ公式〉という次元、コミュニティは〈私的かつ非営利かつ非公式〉という次元軸でくくられる。国家は第1セクター、市場は第2セクター、コミュニティは第4セクターである。ペストフの図が巧妙なのは、第3セクターを三角ではなく円にして、各秩序と重複させたことだ。
社会次元の軸でみれば、〈私的かつ非営利かつ公式〉のアソシエーションが真ん中に位置し、それは「ボランタリーで非営利組織」ということになるが、ペストフはアソシエーションを第3セクターの一部として位置づけ、第3セクターを国家、市場、コミュニティと部分的に重複させた。
日本でいう「第3セクター」は、「半官半民」とか「国や地方公共団体と民間企業との共同出資で設立される事業体」と説明され、民活ブームで脚光を浴びたが、経営が行き詰まった例も少なくない。しかし、ペストフの三角形に現れる第3セクターは、政府の失敗や市場の失敗を補い、コミュニティの限界を超えるものとして描かれている。そして、そこには明示されてはいないが、NPOやNGOの役割が含意されていることが注目されるのである。
第二次大戦後のスウェーデンは「奇跡の30年」といわれる福祉国家の建設を歩んできたが、ペストフは「国家」なるものから、「市民社会」なるものへのシフトを見越して理論の再構築を試みている。そして、それはおそらくスウェーデンでは喫緊の課題なのだろう。国民は、大きな福祉国家を背負いきれなくなり、かといって市場がそれに代わって福祉の供給を行いうるわけもなく、コミュニティにも限界があるとすれば、やはり、トクヴィルが建国期のアメリカに見出したようないくつものアソシエーションを今日的な市民社会のなかで根付かせる必要がある。その規範理論としてペストフが掲げているのは米国流のプルーラリズム(多元主義)ではなく、「市民民主主義」なのだ。
・・・・と、ここまで書いて、ふと、井上達夫先生の「秩序のトゥリアーデ」との共通性に思い至る。国家、市場、共同体(コミュニティ)の専制を避けることが、トゥリアーデ論の要諦なのだが、ほぼ同じ時期に異なる学問領域に提示された論考がシンクロしているのが興味深い。
追記:
わたしが日本語化したペストフの福祉トライアングルは、2003年に公表された "The Future of Consumer Cooperatives in Post-Industrial Societies and a Globalized Economy?"などの文献に掲載されていたものを参照したものです。
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