職質とYouTube
じぶんよりも権力と資源が少ない相手と向き合ったとき、自制できる人は、それほど多くないのかもしれない。相手が無抵抗であったり、抵抗できないような立場にあったりするとき、ひとは残酷になる。それはわたしたちの本性かもしれない。
警察だけを責めるつもりはない。似た構造はいくらでもある。医者と患者の関係、経営者と労働者の関係、上司と部下の関係、教員と生徒の関係、腕力の強い人と弱い人の関係、金持ちと貧乏人の関係、親会社と子会社の関係、扶養者と被扶養者の関係、社員と派遣の関係、取材者と被取材者の関係……みな資源と権力が非対称だ。そんな関係下で、すぐに一線を越え、相手を抑圧してしまう人は、弱く醜い。
ゆえに宗教は戒律を定めてきた。欧米のリベラリストは正義justiceや公正fairnessの概念を掲げ、公民的共和主義者civic republicanや共同体主義者communitarianは徳性Virtueを身につけよと主張する。日本の素朴な道徳感情を探せば「礼節」「恥」などの少々古めかしい言葉が思い浮かぶ。
街を歩くと「誰かが見ているぞ」というポスターと出合う。日本社会は監視カメラだらけの社会になった。そして、だれもが動画の撮れるケータイをもつ。電話の音声も容易に記録できる。だれだって監視されたくないし、記録されたくもない。まして「ネットで晒される」なんていやだ。ならば、恥じない行動に徹して生きるしかない。息苦しい。でも、それがアトム化した時代を生きるわたしたちにとって、もっとも身近な救命具といえる。
| 固定リンク
「dysphoria」カテゴリの記事
- 『それでも私は』『マミー』『A』が描く世間という魔物(2025.07.28)
- 取材源の秘匿について-産経新聞「主張」を批判する(2020.05.22)
- 「大手病」に対する「無難病」(2012.05.29)
- 「寝てたら起こされるかな」(2012.02.01)
- わが町は「禁」だらけ(2011.02.02)
「democracy」カテゴリの記事
- 「外的な継承と内的な継承」:NHK放文研・古澤健(2026)のレビュー(2026.06.02)
- ドキュメンタリー映画『手に魂を込め、歩いてみれば』そして、『ネタニヤフ調書』(2025.12.07)
- ドキュメンタリー評『揺さぶられる正義』(2025.08.28)
- 『それでも私は』『マミー』『A』が描く世間という魔物(2025.07.28)
- 高学歴エリートよりも、多様な人材の確保を(2025.07.26)
「ict」カテゴリの記事
- いまこそ『スローネット』とヴィリリオか(2011.02.24)
- いまさらながらtwitter考(2010.10.02)
- 監視カメラ映画『LOOK』と監視社会(2009.08.18)
- 職質とYouTube(2009.03.13)
- オンデマンド本を買う(2009.03.07)
この記事へのコメントは終了しました。












コメント