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2009年4月12日 (日)

さん付けのすすめ

新聞記者になって痛感したのは徒弟制度の苛烈さだった。「おい新米、タバコ買ってこい」など仕事と無関係の雑用もたびたび命じられ、ミスするたびに「あほ」「ぼけ」「目ぇ噛んで死ね」などと悪罵を浴びせられたものである。崩壊の一歩手前まで尊厳を踏みにじられた状態で、少しずつ仕事を覚えていくのが通例であった。もう20年も前の、しかも特定の新聞社の、特定の先輩や上司の振るまいなので、むろん一般化することはできないし、さすがに現在では、このような荒んだ人材育成は行われていないだろう。そんなことを思ったのは、わたしがかつて新聞社にいたころの「先輩」と遭遇し、いきなり「さん」付けで呼ばれたことだ。かつてなら横柄に「おい顔貸せ」などとヌカしていたであろうその人のバツの悪そうな表情は、まことに気の毒であった。

職人世界と同じく、新聞記者の人材育成は長らく徒弟制度に頼っていた。程度の差こそあれ、多くの会社で横行していたのではないか。厳しさの中にも温かい人間関係を構築する懐の深い人もいるし、尊敬すべき先輩はいた。「体育会系」という言葉があるが、それに似たホモソーシャルな濃密な空間にもよい部分はある。だが、それに負けず劣らず悪い面もある。たんに先に入社したというだけのヒエラルヒーにあぐらをかくだけでちっとも尊敬されなかった先輩もいたし、階層の上下がその人の人望や能力と必ずしも相関しないことが理解できない恥ずかしい人もいた。

ところで、作家の永井荷風の有名なエピソードに髪切り事件がある。中学時代の荷風は長髪だったことから、“硬派”の学生に目を付けられ、集団で取り押さえられ髪を切られたというのだ。軟派学生にカツを入れる程度の、当時としては珍しくもない事件だったかもしれない。荷風の髪を切った少年たちもやがて老境を迎え、すでに文豪となっていた荷風の自宅を訪れた。旧交を温めたいと思ってのことだと思われる。だが、このとき荷風は「帰れ」と一言いうと、訪問者を追い返した。元“硬派”学生のオヤジたちのバツの悪そうな心持ちを察するに、たいへんお気の毒である。

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