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2009年5月 4日 (月)

違和感ぬぐえぬ表現

Shuppan_jかねがね変だと思いながら、やりすごしている言葉がある。最近気付いたのは「出版ジャーナリズム」という表現。名誉棄損などをめぐる高額な賠償訴訟や『週刊新潮』の誤報をめぐる記事などで「出版ジャーナリズムの危機」などという表現が多用されている。それって、「雑誌ジャーナリズム」で良いのではないの? 新聞社も雑誌を発行しているが、新聞業界>出版業界というヒエラルヒーが“密輸入”されているような気がするのはわたしだけだろうか。

たとえば、「医療ジャーナリズム」「科学ジャーナリズム」という表現は、医療や科学を対象とするニュースや論評を指す。「文芸ジャーナリズム」「政治ジャーナリズム」もしかり。他方、「新聞ジャーナリズム」とか「オンライン・ジャーナリズム/ブログ・ジャーナリズム」といった媒体を表す言葉が用いられることもある。これはこれで特段、不自然ではない。でも、「出版ジャーナリズム」というのは「業界」や「産業」を指示していて、「出版社の」あるいは「出版業界の」ジャーナリズムの省略形。だいたい、新聞紙だって、ビラやパンフレットだって、みな出版ですよ。

このほか気になるのは、「哲学」という言葉。特定の領域にこだわりを持つ人を評する際に、「彼/彼女には哲学があるのです」などという人がいる。たいていは、「こだわりの持ち主」とか、「造詣が深い」とか、「一家言ある」とか、「その方面にやたらうるさい」で済むと思う。自己紹介のときに「わたくしは経営哲学を学んでまいりました」などとヌカす人を見かけると、「鉄分」ならぬ「哲分」の高い人だなあと寒心、いや、感心する。

あと、「○○社会学」などと銘打ったエッセーの類もあるが、ほとんどがアカデミズムの論考ではない。「○○社会」の「学」という意味か、「○○」に関して「社会学ふう」に書いてみましたというものが多い。それ自体は悪くない。象牙の塔から外に出ず、引用もされない論文よりも、多くの人を楽しませるエッセーこそ出版されるべきだと思う。にしても、任俠社会学とか、ガンダム社会学とかなら混同する人もいないと思うが、インターネット社会学とかいじめ社会学とか言われると、むむむ、と思う。さも学術的な裏付けがありそうな、上から目線で書かれているもののなかには、あやしいものもある。「○○学」、とりわけ「○○社会学」なんて銘打たなくてもいいんじゃないのかなぁ。

以上、わたしが妙にひっかかったのは、言葉の権力性です。

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