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2009年8月30日 (日)

『書棚と平台-出版流通というメディア』は必読

Shodana_hiradai_2大学院の社会人院生の同輩が、出版流通を「メディア」として史的に考察する修論を一部加筆して単行本にした。すでに【海難記】の仲俣暁生さんがブログで「胸のすくような一冊」「こんな本を待っていたのだ」と絶賛しているので、素人のわたしに何も付け加えることはない。ただ、一点だけ膝を打つ思いだったのは、序章冒頭の「出版危機言説をめぐって」の部分。わたしが『新聞再生』で示した視座と重なるところが多く嬉しくなった。

柴野京子 (2009) 『書棚と平台:出版流通というメディア』 (弘文堂)

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2009年8月21日 (金)

日本版FCCと市民メディア

民主党の政策集「INDEX2009」のなかに「通信・放送委員会 ( 日本版FCC ) の設置」がある。FCCは米連邦通信委員会 ( Federal Communications Commission ) のことで、かつての日本にも似た第三者組織(電波監理委員会)がGHQ/SCAPの指導によって設立された。しかし、1952年の郵政省設置法改正で廃止され、いろいろあって放送を国家が管理するという骨抜きが行われた。国家と放送ジャーナリズムとの間に緊張関係を保てるようになれば、たしかに波及効果は大きいだろう。

増田覚 「民主党政権公約に「ネット選挙解禁」「日本版FCC設置」など」、INTERNET Watch, 2009/7/28
神保哲生 「大手メディアが決して報じない、『メディア改革』という重要政策の中身」、News Spiral, 2009年8月16日
民主党政策集「INDEX2009」 http://www.dpj.or.jp/news/files/INDEX2009.pdf

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2009年8月18日 (火)

監視カメラ映画『LOOK』と監視社会

Look_movie監視カメラの映画『LOOK』は、ドキュメンタリーふうのフィクションだが、観る者の居心地を悪くしてくれる。理由はふたつ。ひとつは、この作品を観る者を、他人のプライバシーを覗いているような気分にさせるため。ふたつに、じぶんもあちこちに設置されたカメラで監視されているという不安な気持ちに駆られるからだ。監視社会には大きく分けて3つの段階があるように思う。まず、人々が監視されていることに気づかず私的空間を一部の者から盗み見られている段階。次は、人々が一部の者から監視されていることを前提として社会生活を営む段階(G.オーウェル『1984年』的な世界)。その次は、一部の権力者のみならず、不特定多数の人々が相互に監視している段階。わたしたちは3つめの段階に差し掛かっているのかもしれない。

アダム・リフキン監督 『LOOK』 ( 原題: LOOK, 2007, 米 )

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2009年8月14日 (金)

映画『選挙』とデモクラシー

SenkyoYamauchi_book選挙に立候補した大学時代の友人の「ありのまま」を撮ったドキュメンタリー『選挙』。効果音やテーマ曲はいっさいない。だけど、いろんな論点が詰まっていて、掛け値なしの快作。主人公は、江東区で切手コイン商を営んでいた政治家経験ゼロの山内和彦さん(山さん)。たまたま自民党の公募に合格したため、公認候補として2006年の川崎市議補選を戦うことになった。そこで描かれた選挙運動は、政党名と自分の名前の連呼、挨拶回り、握手、スマイル…… 選挙戦も終盤に差しかかると、山さんはついに電柱にまで頭を下げ、カーネル・サンダース人形に握手を求める始末。日本のデモクラシーの一断面。『職業としての政治』のウェーバー先生はお呼びではない。(以下、ネタバレ注意)

想田和弘監督 『選挙』 (英題: Campaign, 2007年)
山内和彦 (2007) 『自民党で選挙と議員をやりました』 角川SSC新書
映画『選挙』公式サイト http://www.laboratoryx.us/campaignjp/

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2009年8月12日 (水)

自動掃除機ルンバの名前

Roomba01ワンコが家族になったときから掃除の頻度が増えた。人間の頭髪や繊維片などのホコリもそれなりに出ているのだけど、春秋は換毛期といわれるほどワンコの抜け毛は尋常ではない。うちのHAL姫は換毛期でなくともけっこう出る。でも、掃除機はうるさいし重いし面倒。なので、わが家では花王のクイックルワイパーが活躍してくれているのだけど、「ルンバ ( Roomba )」の公式サイトでアウトレット品が5万円を切っていたのを発見し、衝動買いした。同居人もみょーに喜んでいる。

iRobot Roomba 自動掃除機 ルンバ 530 53006
iRobot 自動掃除機 ルンバ公式サイト(J)
iRobot official site: Cool Stuff, The Story of Our Robots (E)
YouTube - iRobot Roomba 530 =公式CM
YouTube - iRobot Roomba 530 Donkey & Pig Ad =おふざけCM
YouTube - iRobot Roomba Boxing Ad =おふざけCM
YouTube - irobot roomba 530 demo on tons of dirt!!! MAD Mike's Roomba=ロックなルンバ
YouTube - Cleaning Cat uses iRobot Roomba 560 Robotic Vacuum Cleaner. =猫を乗せるルンバ
YouTube - Roomba fun=子供を乗せるルンバ
YouTube - iRobot roomba cleaner attraction=アトラクション化するルンバ
YouTube - Fun with Roomba, our vacuuming robot !!!=取材カメラ付きルンバ
YouTube - Roomba, the Guinness finder=ギネス缶を選ぶルンバ
YouTube - Dog vs. Roomba=ワンコに攻められるルンバ
YouTube - Abby Dedic Attacking Our Roomba=赤ちゃんに攻められるルンバ
YouTube - Roomba swarm :)=ペアで踊るルンバ
YouTube - Roomba Pool - The iRobot plays billiards=ハスラーなルンバ
YouTube - Invasion of the Roombas=制圧部隊になったルンバ
YouTube - Roomba902 - Nickname=じぶんの名前を決めあぐねるルンバ

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2009年8月 9日 (日)

アカデミズムとジャーナリズム

Gendaichishikiアカデミズムとジャーナリズムは、〈近代〉が生み落とした不仲の兄弟のようなものなのかもしれない。不即不離をたもちつつ、たがいの作法や思考の筋道を信用できないでいる。鷲田さんが14年前に著した『現代知識人の作法』を読み返し、あらためてそう思った。この本は、アカデミズムとジャーナリズムをまたに掛けて活躍した丸山眞男を強く意識して構想された印象を覚える。書かれた時期が、「社会主義陣営」が消滅していく渦中にあり、一部のアカデミシャンたちにも変革や反省が求められていたという事情もあった。そうした背景を踏まえた上で読まないと、おそらくピンと来ないのだけど、この本を買った当時、よもや自分が働きながら大学院に入るつもりなど毛頭なかったし、当時は「ふふん」と読み飛ばしていた箇所が多い。そしてそれらが今ごろになってじんわり効いてきた。

鷲田小彌太 (1995) 『現代知識人の作法』 青弓社
論駄な日々:研究対象と研究手法(備忘録)

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2009年8月 7日 (金)

芸能人の呼称について

マスメディアのなかでもスポーツ新聞の芸能報道が、タレントを呼び捨てにしていたことを、酒井法子さんや大原麗子さんをめぐるニュースであらためて知った。スポーツ選手が呼び捨て報道されているのと同じように、芸能人もまた呼び捨てにされており、通常の芸能ニュースではなんら違和感がないのだけど、ひとたび彼ら彼女らが事件記事のなかで報じられるようになると、ハっとする。今回の酒井法子さんをめぐる報道では、一般紙が当初「さん」づけだったのが、途中で「容疑者」に切り替えたの対し、スポーツ紙は、当初から呼び捨てで、途中から「容疑者」になった。大原麗子さんの例でいうと、当初は当初は呼び捨てだったが、死亡してはじめて「さん」付けに。

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2009年8月 3日 (月)

『JUNO』と包摂とソーシャルキャピタル

Juno2_large望まない妊娠をしてしまった16歳の高校生を主人公としたインディーズ系映画は、終始あっけらかんとした幸福感に包まれている。なぜか。その理由は、主人公ジュノが自己否定的な逡巡をしたり、周囲に対して疑心暗鬼になったりしないこと。そして、納得できる決断を重ねていく少女を、周りの人々がありのまま受け入れていくこと。宮台真司さんが多用する言葉を使えば〈包摂性〉の高い社会。パトナムの言葉でいえば、ソーシャルキャピタルがしっかりしているってことじゃないか。つまり、「汚れちまった悲しみ」(中原中也)を背負い続ける恐怖がないのだ。

ジェイソン・ライトマン監督, ディアブロ・コーディ脚本 『JUNO/ジュノ』 (原題: JUNO, 2007年, 米)
Diablo Cody - Wikipedia, the free encyclopedia

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2009年8月 1日 (土)

ここのところみた名作

Cat_on_a_hot_tin_roofA_streetcar_named_desire最近、同居人と古典とされる名作を鑑賞するようになっている。いつか観ようとおもっていて、まだ手が出ていなかった古典はとてもたくさんある。映画が撮られた社会的な状況を踏まえてあれこれ考えると、なんとなく勉強しているような気分になれるから不思議だ。もちろん、たんなる気分にすぎない。ほんとうは、研究からの現実逃避なのですよ。

エリア・カザン監督 『欲望という名の電車』 (原題: A Streetcar Named Desire, 1951年, 米)
リチャード・ブルックス監督 『熱いトタン屋根の猫』 (原題: Cat on a Hot Tin Roof, 1958年, 米)
黒澤明監督 『隠し砦の三悪人』 (1958年, 東宝)
レニ・リーフェンシュタール監督 『民族の祭典』 (原題: Olympia, 1938年, ドイツ)

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