監視カメラ映画『LOOK』と監視社会
監視カメラの映画『LOOK』は、ドキュメンタリーふうのフィクションだが、観る者の居心地を悪くしてくれる。理由はふたつ。ひとつは、この作品を観る者を、他人のプライバシーを覗いているような気分にさせるため。ふたつに、じぶんもあちこちに設置されたカメラで監視されているという不安な気持ちに駆られるからだ。監視社会には大きく分けて3つの段階があるように思う。まず、人々が監視されていることに気づかず私的空間を一部の者から盗み見られている段階。次は、人々が一部の者から監視されていることを前提として社会生活を営む段階(G.オーウェル『1984年』
的な世界)。その次は、一部の権力者のみならず、不特定多数の人々が相互に監視している段階。わたしたちは3つめの段階に差し掛かっているのかもしれない。
9・11以降、全米では3000万台の監視カメラが、週に40億時間を越える映像を録画。平均的アメリカ人が録画される回数は1日に200回
映画の冒頭、上のような説明文が表示される。その数字にはどれほどの根拠があるのかわからないが、日本でもかなりの監視カメラが導入されていることは容易に想像できる。
街頭に公然と設置されたのは、大阪・釜ヶ崎が最初だったが、東京でも御徒町の貴金属店が立ち並ぶエリアには、いたるところに監視カメラがある。身近なところでは、スーパーやコンビニなどの小売店や金融機関の店内やATM/CDには、間違いなく設置されている。高速道路を走行すれば、ナンバーと顔が撮影される。一般家庭でもカメラ内蔵ドアホンが普及し、訪問者の顔や身なりが確認されている。秋葉原事件では、デジカメや携帯電話を手にする人々が可動式監視カメラの役割を担っていることが確かめられたし、アブグレイブ刑務所での捕虜虐待を撮影していたのは当の米兵自身だった。
テロのような例を持ち出すまでもなく、「安全・安心」を掲げる社会で監視カメラに反対することは困難だ。それは犯罪抑止に一定の効果があることが期待され、犯罪が発生しても真犯人特定のための有力な証拠となりうるからである。反対しようとする人は、潜在的犯罪者の疑いをかけられかねず、声を上げにくい。しかし、監視カメラが撮影している映像のほとんどが、犯罪とはなんの関係もない私人の姿であり、だれもが見られたり撮られたりしたいとは思わない私的行為である。
監視社会というものは、「10人の真犯人を逃すとも1人の無辜を罰するなかれ」という刑事司法の原則の逆で、「1人の真犯人を逃さないため、万人のプライバシーを侵害すべし」という社会。それでも、「安全・安心」のために監視あるいは相互監視の不自由を受け入れるのであれば、監視カメラの公正な運用――すなわち監視社会の監視の仕組みが必要となる。
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コメント
潜在的犯罪者として疑われかねないので声を上げにくい‥‥
これこそが、犯罪抑止力と言うことなのでしょうか‥。
なんだか本当に不自由ですね〜‥‥。
そして、恐い‥。
投稿: mine | 2009年8月18日 (火) 16時36分
懲戒名簿や、学校の電話連絡網すら作らせないほど「プライバシー」に敏感な方々が、監視カメラは無条件に受け入れる。
不思議なことです。
理屈、などないのでしょうね。
漠とした「安心」のみを求めている気がします。
漠、としたものだけに限界はありませんね。
生安からたくさん「監視カメラ業界」へ天下りしているんだろうなぁと、妄想を膨らませます。
投稿: ママサン | 2009年8月22日 (土) 11時11分
>mineさん
カメラの怖さ。そして、声を上げにくいことの怖さ。後者のほうが怖いですね。
>ママサンさん
ご近所や子供のクラスの連絡網が作れない世界は、わたしたちが求めていたものかもしれませんね。政治学者の川出良枝さんは、『論座』の08年10月号で「砂のように孤立化していく個人をどう救うか」というエッセーを書かれれていましたが、こういう問題に取り組むことって、政治哲学や社会学の役割ですよね。
投稿: 畑仲哲雄 | 2009年8月22日 (土) 13時13分