映画『選挙』とデモクラシー
選挙に立候補した大学時代の友人の「ありのまま」を撮ったドキュメンタリー『選挙』。効果音やテーマ曲はいっさいない。だけど、いろんな論点が詰まっていて、掛け値なしの快作。主人公は、江東区で切手コイン商を営んでいた政治家経験ゼロの山内和彦さん(山さん)。たまたま自民党の公募に合格したため、公認候補として2006年の川崎市議補選を戦うことになった。そこで描かれた選挙運動は、政党名と自分の名前の連呼、挨拶回り、握手、スマイル…… 選挙戦も終盤に差しかかると、山さんはついに電柱にまで頭を下げ、カーネル・サンダース人形に握手を求める始末。日本のデモクラシーの一断面。『職業としての政治』のウェーバー先生はお呼びではない。(以下、ネタバレ注意)
想田和弘監督 『選挙』 (英題: Campaign, 2007年)
山内和彦 (2007) 『自民党で選挙と議員をやりました』 角川SSC新書
映画『選挙』公式サイト http://www.laboratoryx.us/campaignjp/
印象深かったのは、「自民党の公認候補になる」ということの重さ。映画の中盤、選挙事務所で、年配の選挙屋さんが山さんに向かって、「自民党の公認候補になるってことは、こうやって手伝ってもらえるということだ。造反するなんて、とんでもねえ」という意味の説教をする。落下傘候補の山さんは、川崎に縁もなく、実績もカネもない。そんな彼が選挙を戦えるのは組織のおかげ。政治は、政治家の能力や力量に負うところがあるが、運動は組織がすべて。ただし、候補者は私財をなげうってまで戦うが、事務所に詰める選挙のプロたちは、どこかサークル活動みたいなふうにも見える。
山さん自身が学生時代の仲間を前に、自分が選ばれたのは「東大を出てるから」と自嘲気味に話しているが、自民党としては勝てそうな候補なら、だれでもよかった。そのことは山さん本人はもちろん、選挙運動に関わるだれもが知っている。なので、山さんはシツケをされる子犬のごとく、好印象を与える立ち振る舞や頭の下げ方などを選挙屋さんからたたき込まれる。理不尽な説教をされても、こっぴどく怒鳴られても、「はい、わかりました」「もうしわけありません」と終始コメツキバッタのつくり笑い。
川崎のような都市部でも、自民党は体育会系っぽい上下関係で秩序が保たれ、山さんは最下層の使い走り(パシリ)に過ぎない。それを象徴していたのは、当選が決まり、さあ万歳三唱というとき、山さんが事務所に来るのが遅れた場面。このとき、地元代議士の山際大志郎さんが「世も世なら切腹モノですよ」と怒りをあらわにする場面がある。晴れて同業の政治家になったというのに、人間としての山さんに対する敬意が感じられない。
もう一点。唖然としたのは、山さんの妻(外資キャリア)に対し、選挙事務所の人たちが仕事を辞めるよう諭していたこと。彼女は有給休暇を取って夫の応援に駆けつけた。選挙カーでマイクを握り、「山内の妻でございます」と叫んではみたが、事務所に戻ると「〈妻〉はやめて〈家内〉と言うように」と指導される。ここで家父長制度を批判して論戦を挑んでも(たぶん)届かない。選挙参謀は勝つことを最優先していて、そのためには「妻」より「家内」が有利という経験則がある。そして、「家内」なんだから仕事なんざ辞めちまえ、となる。自民って、働く女性を支援する党じゃなかったのかい !?
さて、山さんは、次の市議選で自民党の公認を受けられなかったこともあって、立候補を取りやめ、現在・主夫をしているようだ(ええなあ!)。自らを「ドキュメンタリー俳優」と紹介している。こんな面白い人、自民党の川崎市議にはもったいない。東大・社情研時代に研究生をしていたこともある先輩だし、いつかお目にかかりたい。勉強会に来てもらおうかな。
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コメント
面白そうな内容ですね。
ご本人のブログを拝見したら、
「<wikipediaについて> 事実と異なる部分もあり。そのまま鵜呑みにしないように!
「次期選挙の公認が出ていたものを、僕が辞退した」というのが正しい。」とありましたので、お知らせまで。
http://senkyo-yama.seesaa.net/
投稿: 青木みや | 2009年8月18日 (火) 12時39分
>みやさん
Thanks!! 訂正しておきます。
ところで「破」と「スタートレック」はご覧になりました?
投稿: 畑仲哲雄 | 2009年8月18日 (火) 16時28分