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2009年9月11日 (金)

イーストウッドと法治主義

ChangelingGrantrinoイーストウッドの近作2本が評判だったので「とりあえず」という気分で観てみたところ、なんだかすっかり引き込まれた。イーストウッド作品はこれまで何本か観ているが、ひとつのパターンがあるように思われる。パターンというと語弊があるかもしれないので、「世界観」「思想」といい直しておこう。それは、彼の作品は、どれもアメリカ映画の一大ジャンルともいえる「法廷映画」とは対極にあるということである。

クリント・イーストウッド監督 『グラン・トリノ』 (原題: Gran Torino, 2008, 米)
クリント・イーストウッド監督 『チェンリジング』 (原題: Changeling, 2008, 米)

わたしが法廷映画として出色だと思うのは、まず、シドニー・ルメット『十二人の怒れる男』(1957)ビリー・ワイルダー『情婦』(1957)ロバート・マリガン『アラバマ物語』(1962) が挙げられる。古いところではジョージ・シートン『三十四丁目の奇蹟』(1947) も法廷映画に入れてもよい。新しいところでは、ジョナサン・リン『いとこのビニー』(1992)ソダーバーグの『エリン・ブロコビッチ』(2000)ニキータ・ミハルコフ『12人の怒れる男』(2007) などがよくできた作品だと思う。邦画では、中原俊&三谷幸喜『12人の優しい日本人』(1991)周防正行『それでもボクはやってない』(2007) の2作が傑作。これら法廷映画をざっと見渡して、ミハルコフと周防の作品を除けば、どれも法治主義に対する信頼が大前提とされているのだが、イーストウッド作品には、これがまったくない。

『チェンリジング』は、警察のずさんな捜査で自分の子ではない少年を、「おまえの子だ」と押しつけられた女性の実話(ゴードン・ノースコット事件)に基づく物語。頼るべき人がいない主人公は完璧に孤立し、救いのかけらも見いだせない。これほどの不条理があろうかという設定。『グラン・トリノ』も隣家のモン族一家がおかれた状況に救いが見いだせない。 『チェンリジング』との違いは、朝鮮戦争を経験した白人男性の主人公が、隣家が置かれたこの世の地獄に介入し、みずからの罪を贖おうとする点に一条の光を見いだせるが、映画を観ていてイライラしたのは、「弁護士を探して裁判を起こせ!」と思ったことだ。

イーストウッド作品の主人公たちは、じぶんで解決しようとする。わたしが彼の作品でもっとも胸がしめ付けられたのは、女子ボクサーを描いた『ミリオンダラー・ベイビー』(2004) である。この作品では法を破る老トレーナーの行為のなかに人間の誠実さを表現している。こうした映画を観ていると、人はつねに法の枠内に在ることを強いられているが、じつは法というものが取りこぼす人間の罪と、法に先行する倫理というものがあるということが突きつけられる。そのメッセージは、ひとまず法を道具的に利用して白黒をつけ、それで一話完結させる法廷映画よりも、はるかに深淵でとらえどころがなく、リアルに感じられる。


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コメント

 「クリント・イーストウッド命」のワタクシでございます。「命」なだけに複雑な思いが多々ありますが「グラン・トリノ」のような作品を作り出すパワーがまだ残っていることについて、心からうれしく思うのであります。ww

投稿: schmidt | 2009年9月11日 (金) 10時54分

>じつは法というものが取りこぼす人間の罪と、法に先行する倫理というものがあるということが突きつけられる。

おっしゃるとおりですね。人間社会の枠組みに入りきらないものを
描こうとするイーストウッド監督の眼の確かさ、というところに
誰もが何ともいえない安堵感を感じているのだろうと思います。
それにしてもローハイドのロディが、こんなにいい監督になるとは
誰が予想したでありましょうか。

投稿: pinoko | 2009年9月11日 (金) 15時22分

>schmidtさま
 ファンの心理を考えずに、すき放題かいてしまいました。わたしの映画観はかなり偏っていますので、どうかご容赦ください(笑)。それにしても元気ですね、イーストウッドさんは。

>pinokoさま
 たしかに、たしかに! 「イーストウッド監督の眼」は、ガンコなまでにブレないですね。

投稿: 畑仲哲雄 | 2009年9月11日 (金) 19時38分

自己レス

そうかぁー、イーストウッドって保守主義(conservatism)だったのか!
法やら国家やら、急ごしらえのワケの分からんもんは信用せんわけだな。
http://www.videonews.com/on-demand/421430/001009.php
そう考えると、やはり『ミリオンダラー・ベイビー』で描かれていたような、
家族の紐帯がズタズタにされているケースは、あまりに痛ましい。

投稿: 畑仲哲雄 | 2009年9月11日 (金) 20時11分

そういえば、『ミスティック・リバー』も同じようなラインでしたね。

投稿: Sakino | 2009年9月16日 (水) 23時51分

>Sakinoさん
 そうでした。『ミスティック・リバー』に言及するのを忘れていました。ずいぶん前に観たもので、すっかり。。。

投稿: 畑仲哲雄 | 2009年9月18日 (金) 22時42分

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