移民映画祭で先輩と再会
上智大学で開催されている第1回移民映画祭(Migrant Film Festival2009)会場に足を運んだところ、かつて務めていた新聞社でお世話になった先輩と22年ぶりに再会した。わたしと先輩の最初の遭遇は 1987年の広島。国立大学の学部長が殺された事件で、支局のチンピラが右往左往しているところへ、大阪社会部から先輩を含む2人が応援で派遣されてきた。ちびっ子探偵団がバリバリの中堅から手ほどきを受ける好機だった。先輩はわたしたちを怒鳴り散らすようなことはせず、京大式カードでデータベースを作る人だった。彼はその後、大阪社会部から政治部に異動して永田町あたりでブイブイいわせていたはずだけど、現在は多文化情報誌「イミグランツ」の編集長になっていた。エスニックメディアの研究をするとき、頼りになる相談相手ができて嬉しい。
第1回移民映画祭(Migrant Film Festival2009)
チャン・スヨン監督 『セリとハルSeri & Harr』 (原題:세리와 하르, 2007, 韓国)
多文化情報誌Immigrants イミグランツ 公式サイト
多文化情報誌 イミグランツ -Immigrants-編集長日記
移民映画祭では、『セリとハル』(2007年、韓国、91分)しか観ることができなかったが、映画に描かれていた韓国の光景がとても懐かしく思えた。子供時代に映画の舞台となったような光景を大阪で何度も目にしてきたからだろう。たしかに30年以上前の日本には、今日のような「移民」はいなかったけれど、「多数者の専制」によって権利を奪われていた少数者は少なからずいた。河川敷のバラックで暮らしていた人たちをはじめ、被差別部落の住人、在日、集団就職で大阪にやってきたもののデラシネとなった人たちなどがそうだ。
言葉は悪いが、一部の金満資本家が移民や貧乏人を虐げるという単純な構図よりも、ニューカマーによって自分たちの利益が侵害されることを恐れる「ほぼ負け組」が、「疑似勝ち組」として振る舞ってしまう構図は、昔も今も同じではないだろうか。
マスメディアは、「多数者」を主な対象(顧客)とする。他方、移民映画や先輩の雑誌のようなエスニック・メディアは、基本的に少数者の権利擁護や問題解決のために作られる。双方のオーディエンスが互いのことを知るためには、両メディアをつなぐ「まれ人」が必要で、先輩たちはそうした役割を担っているのだろう。22年ぶりに再会し、あらためて勉強させてもらったような気がしています。
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